東日本大震災による死者・行方不明者は18,433名(2018年6月警察庁発表、関連死除く)にのぼり、私たちの国ではその後も毎年、自然災害によりかけがえのない命を失っています。

平成30年7月豪雨災害で甚大な被害にあわれた広島でも、「あれ(平成26年土砂災害)があったのに、また同じことになってしまった」とくやしさをにじませた言葉を伺いました。

東日本大震災の最大被災地石巻市で震災伝承に取り組むNPOとして、3.11の避難とその後の対応が我々に突き付けた教訓を、きちんと伝えられていないことに忸怩たる思いです。

「逃げれば助かった」

このシンプルな教訓は、3.11当日の避難状況聞き取りを積み重ねるごとに、ゆるぎない事実として重みを増しています。

しかしながら、あれだけ多くの命が犠牲になり、堤防を乗り越えて街並みを飲み込む津波の恐ろしさを誰もが報道等で目にしているにも関わらず、残念ながら、「逃げるのが当たり前の社会」は実現していません。

恥ずかしながら、私は、3.11以前に「宮城沖地震が30年以内に発生する確率が99%」もあったことを知りませんでした。インドネシアで大きな津波被害があり、海外で災害緊急支援の活動をしていたのに、自分の国であのような津波災害が起きることすら想像したこともなく、家族との非常時連絡手段の確認もしていませんでした。

物理的に津波を阻止することは人知の及ぶところではないでしょうが、私の、そして多くの方々のこのような不作為が「逃げれば助かった」はずの多くの命を失うことにつながったのだと考えると、恐ろしくさえなります。

その東北では、「地方創生」が叫ばれても、多大な復興予算が投じられても、若い世代が雇用を求めて流出し、人口が戻るどころか過疎高齢化が加速しているのが現状です。

そのような厳しい状況の中で、語り部さんたちが「逃げれば助かったはずの命の大切さ」、「家族と食卓を囲む時間のかけがえのなさ」といった3.11の教訓を伝える活動は、南海トラフ地震などの津波想定地域の方々だけでなく、どなたにも価値があり、前を向いて進んでいく力を与えてくれています。

石巻ではもちろん、熊本地震の後も「まさか自分がこうなるとは・・」という声をたくさん耳にしましたが、私も、あなたも、いつ自然災害や事故に遭うかもしれないし、逆に、誰かの大切な命を救えるかもしれません。

私が少しでも出来ることとして、民間の広域伝承組織「3.11メモリアルネットワーク」の設立(2017年11月)をお手伝いさせていただきました。「自助・互助・共助・公助」が必要とされるなか、私たちの力で、市民の力で担ってゆくべき「活動の連携」、「企画と評価」、「人材の育成」を活動の三本柱として掲げています。

東北の被災地では、数多くの伝承施設や震災遺構の整備が進行しており、そこで活動を継続してゆくためには語り部や住民の連携や育成を促す仕組みが必要なのですが、公的な制度の議論は進んでいません。一方で、南海トラフ地震の最大被害者想定32万人のうち、「全員が発災後すぐ避難」すれば16万9千人は助かるとされています。

東日本大震災後に、自分のためだけではない助け合いが自然発生的に次々と生まれ、NPOによる大規模な連携支援活動を通じて「日本を変える力になる」とさえ感じた人々が沢山いたにも関わらず、実際には、まだこの国を変えられていません。

若い世代が仕事として関わりながら、3.11後の「逃げるのが当たり前」という新しい地域を創り出すために設立された「3.11メモリアルネットワーク基金」にも、ぜひ力を貸していただければと思います。

いつ起こるかわからない災害を自分事として考えること、避難を促す責任は誰にでもあること、それらが当たり前の社会を実現するには時間がかかりそうですが、3.11に家ごと流されながらも建物に飛び移って生き延びた方から後世への教訓としていただいた次の言葉を胸に、今後も一歩一歩進んでゆければと思います。

「あきらめないことだね」