日本では医療関係者にすらあまり認識されていませんが、今年はプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)に関するアルマ・アタ宣言(※)が発布されて40周年となります。

その原則は、1)基本的人権としての保健・医療、2)人々や地域の参加(当事者の尊重)、3)医療サービスへのアクセスにおける公正さ、平等性の保障、4)医療以外の多分野との協力や地域資源の有効活用、として宣言に謳われています。その後、曲折はありながら、21世紀に至るまでPHCは、世界の国々、地域の医療・保健を導く大きな道しるべとなってきました。

NGOシェアは、35年前の創立以来、PHCを自分たちの組織・運動の最も大切な理念としてきました。これにより国内と海外(途上国)の医療・保健の課題を共通の土俵で考え、つなぎ、地域の活動に生かし、取り組むことが可能になりました。たとえば、日本に働きにきた外国人の方が、結核やHIVといった、すぐには治せない感染症にかかった場合、日本のさまざまな公的医療・保健・福祉制度の活用から、本国に帰った場合の、地元の医療機関への紹介や、連絡調整、稀には付き添い帰国に至るまで、さまざまな支援が必要となります。そうした際、一番拠り所になってきたのは、PHCの考え方だと思っています。

2015年から30年まで、15年間にわたり、世界の共通の目標となったSDGs(持続可能な開発目標)では、第3の目標に健康・福祉課題が取り上げられ、その中でもとくに、すべての人々にとってのUHC(Universal Health Coverage:普遍的医療保障)の達成、が重視されています。その意味でSDGsは、21世紀というコンテキスト(文脈)の中での、PHCのリバイバルと見ることもできます。

日本では1961年に国民皆保険制度が確立され、その後、この制度の施行が、世界でも冠たる日本人の健康長寿を達成する上で役に立ちました。問題は、「国民」という言葉によって、憲法25条の保障する生存権や健康権の及ぶ範囲に、排除の論理が持ち込まれてきたことです。実質的に「国民」の枠から外されてしまったマィノリティの人たち− 在日外国人、難民、無戸籍者、無保険者、ホームレス者など −に対しては、UHCが長年にわたってないがしろにされ、「誰一人取り残さない」というSDGsの最も重要な理念が、損なわれてきた現状が、日本にはあるのです。私自身、普段山谷地域などでの生活困窮者医療に携わっていて、’Leaving no one left behind’の理想から、私たちの国がまだまだ遠い現状にあることを痛感せざるを得ません。

一方で、SDGsに関係する37の保健指標を用いて、世界の188カ国の、1990年から2016年にいたるまでの達成度を比較した、英国の医学専門誌ランセット(Lancet)の信頼すべきデータでは、日本はOECD加盟国の中では、必ずしも上位とは言えない21位にとどまっています。
(引用文献:Measuring progress and projecting attainment on the basis of past trends of the health-related Sustainable Development Goals in 188 countries : an analysis from the Global Burden of Disease Study 2016 Lancet September 12, 2017; vol390: p1423–59)

この論文によれば、SDGs達成において日本のランクを下げる原因となったのは、1)災害(原発事故、地震、火山噴火など)への脆弱性、2)高い自殺率、3)高い喫煙率、4)子どもの(性的)虐待・貧困、などの問題です。

1980年代後半以降、日本は多くのニューカマーと呼ばれる外国人労働者とその家族を、とくに中南米諸国から受け入れてきました。彼らが日系の2世3世だったことで、永住権を得やすかったという面もありましたが、その人たちの子弟の中にさえ、この国できちんとした日本語教育や、子どもとして当然享受すべき権利を充分には与えられないまま、日本社会から疎外される形で成人となってしまった子どもたちもいます。ある意味で、日系人子弟に対するネグレクトと批判されても仕方ない事態になって行ったのです。

日本政府は、少子高齢化と労働力不足が深刻になった今、外国人の若年労働力を「移民」としてではなく、「技能実習生」などとして盛んに受け入れていく方針ですが、彼らの医療・福祉・教育について、国としてのきちんとした制度的な準備のないまま、自治体に実質的な受け入れ責任を委ねることになるならば、1990年代2000年代にニューカマーについて起きたことの再現(それもずっと大きなスケールでの)、を起こしかねません。

東京オリンピックが迫る中、インバウンド(訪日)の外国人観光客に対する、医療や通訳の制度を整備することの重要性は私たちも認めますが、一方で、日本で真面目に働く外国人に対する、医療の制度が整ったとは言えない状況が続いています。SDGsやUHCを、本当の意味において、つまり情理ともに立つ「世界標準」で、実現していく覚悟が、日本の市民社会にも政府にも求められているのだと思います。

※アルマアタ会議は、WHOとUNICEFの共催で開催され新しい健康に対する概念としてプライマリー・ヘルス・ケア(PHC)を提唱し、アルマ・アタ宣言を採択した。このアルマアタ宣言は、人間の基本的な権利である健康に関して格差や不平等は容認されるべきではないという基本精神に基づき、健康教育や母子保健・家族計画などのPHC基本活動に取り組むことをうたっている。この宣言が出されたことによって、PHCがそれ以後の世界的な健康戦略の基本となった。(出典:JICAナレッジサイト