「主体的にまちと関わる人が増えたら」

学生の頃、或る悩みをきっかけにまちへ飛び出した私を待っていたのは、八王子の市民活動家の方々との出会いでした。川のゴミ拾いに熱心に取り組む環境活動の現場や市民主体のお祭りを長年継続している様子などを目の当たりにして、大きな衝撃を受けました。市民活動家一人ひとりの深い眼差しや語りは情熱にあふれ、「いつか私もこのように打ち込める活動と出会いたい」と思いました。そして同時に、一人ひとりが主体的にまちと関わり、自分の大切なことに情熱を注ぐことのできる社会こそ、豊かな社会だと確信したのです。

「市民自治をどう高めるか」

学生時代からの私の関心ごとはもっぱら「人が主体的に地域活動に関わるきっかけには何が必要だろう」ということです。これまで市民祭りや市民参加の手法などを題材に考えてきた中で、ひょんなことから出会った活動、それが「芸工展」でした。

「まちじゅうが展覧会場」
モバイル屋台 DE 健康カフェ藍染ワークショップ風景(2017)写真提供:谷根千まちばの健康プロジェクト(まちけん)

芸工展は、谷中・根津・千駄木界隈で毎秋に開かれている「まちじゅうが展覧会場」となる地域の催事です。地域に暮らす人やこの地域に愛着のある人が、まちのあちこちで日常の延長にあるささやかな表現を発表し合うことを通じて、まちの魅力の再発見や表現を通じた交流を皆で味わえる地域のゆるやかなプラットフォームになることを目指しています。

「まちから学んだことをまちへ返す」

その芸工展活動は、1993年に産声を上げました。発起人の「まちづくりグループ谷中学校」は、地域住民と近隣の大学院生が地域の魅力の掘り起しや建物保全、銭湯の改修等、暮らしやすいまちづくりを進めてきた団体です。興味深いのは、活動指針が「無目的」であったこと。特定の目的を敢えておかず、メンバーが関心を寄せることに取り組むスタイルを取っていました。活動の理念は「まちから学んだことをまちへ返す」。芸工展は第2回以降、実行委員会形式で運営していますが、この谷中学校の理念は受け継がれています。

「まちの人たちが主役となれる場を」
コムソーコヤで“マイ尺八”つくって吹いてみる(2017)

今やあちこちで手づくり市や純芸術のアートプロジェクトが催されていますが、芸工展はそれらとは、似て非なるものだと思っています。それは芸工展が始まった背景に、「地域の魅力を地域の人が知ってもらう機会が必要」や、「専門的ではない住民主体の活動が必要」という問題意識があったことが関係しています。「やれる人が、やれる時が、やれることを」というゆるやかさも軸に据えて活動してきました。開催エリアや参加者数が増え、目的の共有化が難しくなった時期もありましたが、その都度活動の原点を見つめ直し、「まちの人たちが主役となれる場」としての芸工展のあり方を模索しながら続けてきました。

芸工展がわたしに教えてくれたこと

仕事で福祉NPOへの助成事業の運営に携わる日々のわたしですが、芸工展の活動を通して様々なことを教わりました。ここでは3つご紹介します。

その一 「多様性を受け入れる」
“思い出の色”をつくるワークショップ風景(2017)

芸工展は趣旨に賛同する個人・グループ・団体・アーティスト・職人、まちづくりNPOや学生など実に多様な人が関わっています。参加者が催す「まちかど展覧会」では、絵や書の展示や“思い出の色”をつくるワークショップ、カフェで落語や建築家らによるまちあるき企画等々、十人十色な企画が毎年開かれます。これも参加要件はあえて設けず、参加者がやりたい企画を実現するための後押しをする姿勢を大切にしてきたからだと思っています。中には表現することよりも販売を主とした企画を持ち込もうとされる方もいますが、その際には、芸工展の趣旨を顔と顔とを合わせて話しあうことを心がけています。

その二 「維持と最適を目指す」

何の活動でもそうですが「成長」や「最大化」等、右肩上がりの方向性を良しとしてしまいがちです。しかし実際に活動を拡げ続けることは難しいですし、疲れてしまいます。芸工展活動もそうした運営方法を毎年摸索し続け、たどり着いたのが「維持」や「最適」を目指すことでした。法人化も視野に入れた時期もありましたが、今では任意団体で(かつ参加者からの参加費や寄付による独立採算制で)一年一年続けてきたからこその風合い(たとえば、計画的な実施とは異なるその年々の想いで進められる柔軟性や活動のゆるやかさゆえの関わりやすさなど)があると思っています。

その三 「実験の場であること」
“人生に失敗しているので作品に失敗はありません”前野めり-黒刺繍-展(2017)

芸工展活動には、実験的な試みを許容してくれる土壌があります。私もこれまで「こうしては?」と発案し、実践してきた企画が数々あります。参加者も同じような気持ちでは、と思っています。例えば、銀座のとあるギャラリー等で高額の出展料を払って催す展覧会もやりがいは大きいですが、失敗が許されず肩肘張ったり、背伸びした作品になってしまうことがあるかもしれませんが、芸工展なら等身大の表現や、以前から実践したかった試みを実現できるかもしれません。「売れる価値」よりも「試す価値」を重視する、実際にそうした企画と数々出会いました。また、まちを舞台とすることで、ホワイトキューブのギャラリー空間では起こり得ない演出、新たな表現の可能性が摸索できることも醍醐味の一つです。

まちの風景を変える経験を通じて
まちの薬味博覧会展示風景(2017)

近頃は「毎年10月は芸工展月間。」というスローガンを掲げています。7月の七夕で笹に願い事を提げるように。10月になれば芸工展月間として、日頃向かっている人それぞれの作品を、想いをまちに飾る。知り合いの作家さんを呼んで店で展覧会を催す。玄関を開いて、趣味活動をお披露目するなど、芸工展をきっかけにそうした風景がまちの風物詩になったらという想いを込めています。

芸工展に関わる一人ひとりが、表現を通じて空間や自分自身を開き、まちの風景を明るく楽しく変えていく。そんな経験が積み重なることで、“まちは自分たちで作っていくもの”という自治の意識が少しずつ着実に芽生えています。その延長にあるのは“社会をつくるのは私たち”という実感。その積み重ねが文化を、次の時代を切り拓く。この活動にはそうした期待が膨らんでやみません。

毎年10月は芸工展月間。ぜひこの機会に、まちを訪れてみませんか。まちかど展覧会を催してみませんか。ご連絡をお待ちしています。

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芸工展2018
会期:10月1日~31日
会場:谷中・根津・千駄木・上野桜木・池之端・日暮里界隈
H P :https://www.geikoten.net/
Mail:geikoten(アット)gmail.com
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