「マルチステークホルダー・プロセス」という言葉をよく目にするようになった。3者以上の利害関係者(ステークホルダー)が対等な立場で参加し協議する中で、単体や2者間では解決の難しい課題を、協調して解決していくこと。カタカナ言葉で取っつきにくいが、いわば「みんなで作ったルールに則りながら課題を解決する」ことだ。
従来、課題解決の対策作りは議会や政府が担ってきた。しかし、合意に時間がかかる上に漸次的な改革策に留まりがちで、しかも市民や企業は客体、時に傍観者になってしまっていた。一方、マルチステークホルダー・プロセスでは全員が主体。対話を通じて納得して行動し合うスタイルで、より抜本的な改革を次々に進めることができる。
障害者雇用促進の分野で、その具体例を見てみよう。
ご存じの方も多いだろうが、来年4月から障害者の法定雇用率が1.8%から2.0%に引き上げられる。これに伴い、従来、従業員56人以上の事業所が適用対象だったが、これが従業員50人以上の事業所に拡大。適用対象企業が約9,000社増えるとともに、これまでは法定雇用率を達成していたのに未達成となってしまう企業もかなり出てきそうだ。
しかも6月に障害者総合福祉法とセットで成立した「障害者優先調達推進法」により、来年4月から国や自治体が実施する入札の参加条件として、この2.0%の法定雇用率を守っているか障害者施設との取引量が多いことを考慮しなければならなくなった。多くの自治体では既に総合評価方式による入札制度が導入され、価格だけでなく障害者雇用率なども評価して委託先を決める事業も多い。しかし、この法律で、より幅広い事業で入札条件に障害者雇用率などが考慮されることになる。行政からの受注が多い土木業者や指定金融機関を引き受ける銀行をはじめ、多くの企業が障害者雇用をさらに積極化することになりそうだ。
しかし、この改革の前、特に2003年以降、大企業の障害者雇用率が増え続け、2008年には従業員1,000人以上の企業の平均が1.83%と、制度発足以来、初めて法定雇用率を超えた。かつては雇用率未達成の場合のペナルティである障害者雇用納付金(法定雇用率達成に必要な障害者数×5万円を毎月納付するもの)を、かなりの額、納めながらも障害者雇用には消極的な大企業も多かったことを思うと、まさに隔世の感がある。
大きな制度改革がなかったのに、なぜ、こんな変化が生じたのか。実はこの背景にマルチステークホルダー・プロセスがあった。CSRに関心が高まる中、各社は競ってCSR報告書を発行しているが、法律上は雇用率の公表を義務付けていないにもかかわらず、大半の報告書で自社の障害者雇用率を掲載している。それは、CSR報告書編集の実質的な国際標準であるGRI(Global Reporting Initiative)のガイドラインの中に「多様性の指標に従った…経営管理職の構成およびカテゴリー別の従業員の内訳」なる項目があり、これにより女性の管理職比率や障害者雇用率の実績を明記しなければならないからだ。
障害者雇用率の公表を迫られることになった大企業は、がぜん障害者雇用に力を入れるようになった。しかも障害者雇用への努力度が明らかになることで、熱心に取り組む企業に共感し積極的にその商品を購入しようという、「boycott」ならぬ「buycott」と言われる動きも出てきている。障害者雇用に熱心な企業は障害者の潜在能力の引き出しに成功している例が多いが、雇用率の開示で企業のブランド力も高めていることになる。
そして、このGRIガイドラインは、多くのNPOも加わったマルチステークホルダー・プロセスで策定されている。多様な利害関係者の参加で新たなルールを作ることにより、革新的な問題解決策を主体的に進めていく。そんな展開も期待できるのがマルチステークホルダー・プロセスだということになる。NPOの利害調整力が問われ、とても手間がかかるわけだが、是非、広げたい取り組みだ。