<取材・執筆>横山 恵美 <取材先>NPO法人ふるさとファーマーズ 代表理事 石井 雅俊さん

神奈川県茅ヶ崎市、賑やかなイメージのビーチサイドから一転し、広い青空の下に広がる里山。虫たちの大合唱が繰り広げられ、草花が自由に生い茂った農地。一歩足を踏み入れると早速見たことのない虫が出迎えてくれた。「これは、準絶滅危惧種と言われている“マメハンミョウ”という虫です」と説明をしてくれたのは、この畑を主宰するNPO法人ふるさとファーマーズ代表理事の石井雅俊さん。

畑で出迎えてくれた準絶滅危惧種と言われている“マメハンミョウ”

ふるさとファーマーズは、神奈川県茅ヶ崎市北部の畑で農薬や化学肥料に頼らず、自然の循環機能と共に作物を育てながら、援農ボランティアの受け入れや収穫体験など生産者と消費者をつなぐ活動をしている。ほかに小学校で出張授業をしたり、食や農、環境問題について考える学生主体の団体「Jr.ファーマーズ」のサポートをしたりなど、「農」を通した様々なアプローチでよりよい未来を次の世代とつくる活動にも力を入れているNPOだ。

ふるさとファーマーズ 代表理事の石井さん

「食」を生み出す持続可能な「農」を考える。まずは“知ること”

団体を立ち上げる以前は会社員として働き詰めだった石井さん。東日本大震災(3.11)をきっかけに、利己主義が横行している社会に疑問を持ち、そんな世の中を変えたいという思いを募らせていた。そんな思いを抱く中、大きな転機となったのがコロナ・パンデミック。スーパーから小麦粉やパスタなどの小麦製品が無くなったことを目の当たりにし、世界規模の食料事情を肌で実感した。特に日本の食料自給率の低さには強く危機感を感じた。「今後、もし予期せぬ事態が起きた場合に、このままではまずい。今、自分で取り組まなければ」と一念発起。“社会を「農」そして「食べること」から考え直す”その思いと共にこの団体を立ち上げた。

知り合いの農家さんへ相談し、作物の種まきや収穫などの援農をメインに始まった活動であったが、現場を知るにつれて、自らの畑で自らの手で作物を育てたいという思いが強くなった。農業のいい面、悪い面すべて知ったうえで、「農」を通してより多くの人と対話をし、社会をよりよく変えていきたい。そのためには、より多くの人を巻き込んで畑をやる必要があると感じたそうだ。

その後、好機に恵まれ神奈川県立里山公園に隣接する約1500㎡(テニスコート約6面分)の地元農家さんの農地を使えることとなり、2021年4月から環境にも身体にも優しい不耕起栽培を実践している。不耕起栽培は、従来の栽培のように畑を耕すことをしない。土をなるべく動かさず土壌環境をそのままにして、農薬や化学肥料に頼らず生態系を維持し人の手で作物を育てていく手法である。土を耕さないことで土壌に炭素を貯留し、大気への二酸化炭素放出を抑制することから、地球温暖化緩和に貢献できる。また、目に見える生物だけでなく土中の生物多様性の回復にも寄与する。「この手法は『環境再生型有機農業(リジェネラティブ・オーガニック)』と呼ばれていて、地球環境を再生しながら作物を育てることができる理想的な手法です」。
大前提として、健全な地球環境がなければ農業は成り立たない。石井さんは、永続的な農業の形を大切にしている。

生産性が悪いために栽培需要が減り、種の数が激減してしまった黒千石大豆の畑。
ふるさとファーマーズでは、〔シードバンクから種の仕入れ⇒栽培⇒種を採取⇒シードバンクへ返却〕
このような地域の種を守る活動にも力をいれている。

また、活動を行う中では、農家の労働環境や経済状況、後継ぎ問題など日本の厳しい農業事情や、生産者と消費者との距離を目の当たりにした。「日本の農業が衰退していく理由が山ほどある中で、制度の整備や充実など国がやるべきことも多いと思います。でも、その声を届けるためには農や食、環境問題についての市民の意識改革が必要であると感じます。そのためにはまずは“知ること”。自分はそれを伝えていきたい。そして対話を通してより多くの人が農の現状や課題を知り、自分事として考え、一人でも多くの人がアクションを起こしてくれたら」と石井さんは力強く語る。

正しさよりも対話できることを探る

その後、茅ヶ崎へ移住し畑や地域コミュニティーとより深く関わると決めた石井さん。地元農家さんとの関わりの中では、一人ひとりとの関係性をきちんと培っていくことを大事にした。「地域の方への基本的なあいさつはもちろん、積極的なコミュニケーションを持つことや困っている人に手を差し伸べることができなければ畑はできません。農業のやり方云々よりも農家さんはそのような姿勢や熱意を見ています」。
細かな考えは違えども、共通する部分を探り対話を重ねながら信頼関係を積み重ねたことで、道が開けてきたと語る。

学校の出張授業では、そういった対話の大切さも伝えている。
「授業では、子どもたちに教えるのではなく一緒に考え学んでいます。」と語る石井さん。様々なトピックに対して生徒一人ひとりが主体的に考え、自分なりの答えを持てるよう、「どう思う?」などの問いかけ形式で授業を行うそうだ。「大切なことはまずは考えること。正しさではなく、他人と自分が違うと理解したうえで、共通点を探り対話をする。多角的な視点で物事を考えることで、よりよい信頼関係を築くことができるはずです。また、そのようなお互いをリスペクトする関係性が、現代に失われつつある『ありがとう』の循環を生み出していくと思います」と穏やかに語った。

石井さんの授業を受けた生徒の中には「将来は農家になりたい!」と語る生徒がいたり、自主的に茅ヶ崎の畑を見学に訪れる生徒もいたりしたそうだ。思いは確実に子どもたちに響いている。

小学校での出張授業の様子(写真提供:NPO 法人ふるさとファーマーズ)

生きるうえで要となる「食」そして「農」

生きていくうえで食は切り離すことができない。「どんな仕事をしていても、誰もが“食べる”ことはします。食と農、この要となる部分のいい面も悪い面も含め再定義し、様々なアプローチで農そして社会をよりよく変えていきたい」。

また、畑の作物の姿から学ぶことが多いそうで、「花を咲かせるまで自分のために一生懸命働き、実ができるとその実を守るために全力を注ぐ。人間もある程度生きたら、次の世代に振り切っていく必要があると思います。すべての生物にとって普遍的なものがいかに価値のあるものか、そういった感覚を子どもたちに持ってほしいです」と語る。

親子での援農の様子(写真提供:NPO法人ふるさとファーマーズ)

「未来を担っていく子どもたちがよりよい社会を実現できるように、そしてそのまた次の世代へ引き継いでいけるように、時間はかかりますが、共によりよい土壌を作っていくことがこのNPOの役割です。やらない理由をやる理由に転換するということが、日々活動で問われています」と語る、力強く温かな眼差しが印象的であった。  

 

農との関わりの中で、地域で支え合う信頼関係を積み重ね、子どもたちや企業とも対話を重ねながらよりよい未来を実現しようと取り組む姿からは、石井さん個人の“well-being”を強く感じた。一人ひとりそして全ての人が幸せに生きられる社会の実現に向けて、これからの農と社会のよりよい土壌づくり。その希望に満ちた前向きな活動は、これからも多くの人の心を動かすに違いない。もちろん、筆者もその一人である。