<取材・執筆>石井 日向子 <セミナー>認定NPO法人CAPセンター・JAPAN「“消えたい子どもたち”を考える【子どもたちの今。そして、これから 2024】」

世界保健機関によれば、先進国(G7)の中で日本は最も自殺死亡率の高い国であるというデータが示されている。特に、10代20代の若者たちの死因の第一位は自殺であり、自ら死を選ぶしかなかった苦悩は計り知れない。こうした若者たちの現状や彼ら彼女らを取り巻く問題を伝え、生きづらさを少しでも減らすためにできることを考えるオンラインセミナーが、2025年2月1日、認定NPO法人CAPセンター・JAPAN(以下、CAPセンター・JAPAN)により開催された。

タイトルは、「“消えたい子どもたち”を考える【子どもたちの今。そして、これから 2024】」。ルポライターであり、CAPセンター・JAPANの理事も務める、樋田敦子さんが講師として登壇した。

樋田敦子さん

 

「消えたい子どもたち」を取材する理由

樋田さんは、新聞記者を10年務めた後、ルポライターとして女性や子どもの貧困・虐待をテーマに取材を続けている。読者に真実を伝えることをポリシーに、『コロナと女性の貧困2020-2022~サバイブする彼女たちの声を聞いた』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(いずれも大和書房)など多数の著書を執筆されている。

樋田さんが「子どもたちの自殺」を取り上げるようになったのは、あるシンポジウムでの大学生の言葉がきっかけだったという。「自殺をする子どもが増えているのはなぜだと思いますか」という質問に対し、その大学生はこう答えた。「どうしたら生きていけるのか教えてくれる大人は誰もいない。なぜ生きていかなければならないのか、その理由を教えてください」と――。この言葉にショックを受けた樋田さんは、現代の子どもたちを取り巻く問題について取材することを決意した。

現代の子どもたちが置かれている状況

まず、若者の自殺数の最新のデータについての紹介があった。2025年1月29日に厚生労働省が公表した情報によると、令和5年度の小・中学生の自殺数の暫定値は527人であり、この時点ですでに令和4年度の自殺数を上回っているという。大人と比較して原因や動機が不明であるケースが多く、自殺に至った背景も複雑化していることが現代の若者たちの自殺の特徴だそうだ。

これはあくまで、実際に亡くなった子どもたちの数である。自殺未遂の数や「希死念慮(自ら命を絶つことについての考えや反芻のこと)」を抱いている子どもたちの数は含まれていない。日本財団の調査では、18歳から29歳の若者の2人に1人は希死念慮を経験しているとのデータもあるという。

背景にある現状の話で特に印象的だったのは、樋田さんが実際に足を運んで取材を重ねてきた「トー横キッズ」と呼ばれる若者たちの話だ。2018年頃から新宿歌舞伎町に居場所を求めて、10代20代の若者がたむろするようになった。2021年に発生した傷害致死事件がニュースで大きく報じられ、彼らの存在もしばしば取り上げられるようになった。しかし、トー横が居場所なき若者たちの逃げ場となっている現状は、残念ながら変わっていない。

樋田さんによれば、2020年から2023年頃にかけて、新型コロナウイルスの流行によって閉店した飲食店のあとに多くのホストクラブができ、60軒から300軒以上にまで増加したそうだ。競争が激化しホストたちが目をつけたのが、トー横に集まる若い女の子である。樋田さんが取材したある若者は「トー横に集まる若者たちのだいたい7割が女子」といい、いじめや不登校、虐待などで学校にも家庭にも居場所がない子が多いのだという。ホストたちは、「家族にならない?」など甘い言葉で彼女たちに店に足を運ばせて借金を作らせ、弱みにつけこんで売春を強要するケースが後を絶たないとのことであった。

子どもたちの背景にあるもの

樋田さんは、これまでの取材から、①虐待、②若年妊娠・妊娠葛藤、③ヤングケアラーの3つのケースを紹介してくれた。

20代前半のある女性は、両親からの虐待を受けて育ち、20歳になったら死ぬつもりで生きてきたそうだ。教育熱心な両親で、彼女も成績優秀であったが、家では父親からの性的虐待があり、母親からは「産まなければよかった」と言われ、中学校でもいじめを受けていた。初めて買ってもらったスマートフォンで最初に検索した言葉は、「死にたい」「自殺」だというから胸が痛い。耐えきれず家出した彼女は、歌舞伎町でホストにのめり込んだあげくに売春をさせられ、ついには自殺未遂に至ってしまったという。彼女のように、さまざまな問題に悩んだ末に、「オーバードーズ(市販薬の過剰摂取)」やリストカットに至る女性は少なくないそうだ。

ヤングケアラーとして生きてきたある人は、小学生の頃から障害のある兄姉の見守りをしてきたという。強権的な父親とパートで忙しい母に代わって、不登校となった自分がきょうだいの面倒を見るしかなかったのだ。東京都医学総合研究所の調査結果によれば、14歳から16歳の間にヤングケアラーである子どもは、自傷行為や希死念慮の危険性が高まることが指摘されているとのことだ。

生きたいと思える社会を作るには

樋田さんが取材の中で相談員の女性から聞いた話では、ある20代前半の女性が相談員に対してこう語ったという。「死のうと思ったときに浮かんだのは、伴走してくれた人の顔だった」と――。

ある精神科医は、困難を乗り越え希望を持つためには「支えられて克服する体験が必要だという。樋田さんは、苦しみを抱える若者たちにはトラウマの解消が必要であり、伴走する支援者にできるのはとにかく話を聞いてあげることだと語った。前述の20代前半の女性は、自殺未遂の後、民間支援団体につながり、現在はトー横にいる女性たちをサポートする活動をしているそうだ。

東京大学では、これまで個人のものとされてきた「希望」と社会の関係を考察する「希望学」という新しい学問を立ち上げ、20年前に研究がスタートした。格差社会の中で孤立している若者は希望を持ちにくくなっているが、誰もが自分たちの希望を自ら作り上げるための道筋を探る学問だという。

子どもたちの未来を守る、CAPセンター・JAPAN

さまざまな事例からも、虐待やいじめといった暴力が子どもたちを苦しめ、自殺に追い込んでいる現状がうかがえる。そうした暴力をなくし、すべての子どもが安心・自信・自由に生きられる社会を目指して活動しているのが、今回のセミナーを主催しており、樋田さんが理事を務めているCAPセンター・JAPANである。

CAPセンター・JAPANは、教職員や保護者、地域の大人、そして子ども自身を対象に、暴力から子どもたちを守るための予防教育プログラムを実施している。また、こうしたプログラムを実施できる実践者を養成するためのCAPトレーニングセンターの運営や、今回のセミナーのような啓発・情報発信活動にも力を入れている。2025年3月8日までの間、少しでも多くの子どもたちの未来を守るために、寄付キャンペーンも実施しているそうだ。

クラウドファンディングページ:
年間513人の子どもが自殺する現実 -子どものSOSに気づけるおとなをもっと増やしたい 地域の学びの場を提供します(特定非営利活動法人CAPセンター・JAPAN)  

樋田さんのお話を通じて子どもたちが置かれているリアルな現状を知り、胸が締め付けられる思いだった。消えたい、そう口にする若者が本当に求めているのは決して「死」ではないはずだ。彼ら彼女らを支え、寄り添ってくれる温かい大人の存在、そして何より、暴力を始めとする問題をなくすことが必要だ。自分にできることは何か、改めて考えさせられた貴重な時間であった。