<取材・執筆>市川 裕理栄 <取材先>シャプラニール=市民による海外協力の会 代表理事、くらしにツナガルHāt Work 坂口 和隆さん
東京の武蔵野地域で、フェアトレードやコミュニティ食堂など地域に根差した活動を展開しながら、海を越えたバングラデシュ等南アジアで国際協力活動を行うNGOの代表も務める坂口和隆さん。まったく別次元の活動のようだが、坂口さんは「国内と海外で同じマインド」だという。大切にしていることは、地域活動に専門家だけでなく「生活者の視点」を組み入れることだ。
「海外でも国内でも地域には『生活者の視点』が重要です。そして、社会課題には共通性があり、お互いに学び合うことができます」と語る。南アジアと武蔵野、二つの地域でローカル活動を行う坂口さんに話を聞いた。
■バンクラデシュと武蔵野の幅広い活動
――現在坂口さんが関わっている活動について教えてください。
現在代表理事をしている国際協力NGOのシャプラニールには、1990年、私が20代のころから関わり始めました。当時、中国に留学中にチベットでの暴動や天安門事件を目の当たりにし、自分に出来ることはないのだろうかと悩んでいたことがきっかけです。シャプラニールでは、子どもの権利を守る活動や防災の活動をバングラデシュやネパールで行っています。
2018年からは、妻と共に、武蔵野地域で「くらしにツナガルHāt Work」という団体を立ち上げて、国内の地域活動にも携わっています。食材にこだわったパンの製造販売やフェアトレード、地域コミュニティでの活動、市民活動のコンサルティングという活動を行っています。「Hāt Work」という名前には、バングラデシュのことば(ベンガル語)で「手」(হাত)と「市場・マルシェ」( হাট )の意味があります。顔の見える関係性を大切にし、地域の人々とコミュニケーションをとることを大切にしています。
――若い頃から海外に目を向けていたけれど、国内の活動も始めたのですね。きっかけはありましたか。
もともと国内の地域活動は、家族ができて自分の子どもが大きくなるにつれ、自分が住んでいる地域のコミュニティと関わる機会ができたことがきっかけで始めました。それから、地元の武蔵野でNPOや市民活動の中間支援組織の立ち上げや、子どもの学童クラブの活動に関わり始めました。2008年から日本NPOセンターに入職したのも、日本全国の様々な地域NPO団体の活動を知りたかったからです。仕事上の立場・働き方が時代とともに変わり、自分のやりたいことが、より地域と近い形で可能になりました。
■地域活動では「生活者の視点」が大切
――国内と海外で活動していて何か違いはありますか。
シャプラニールでは現場で働くスタッフというより、役員として組織運営に関わっているので、自分で始めたHāt Workとは地域との関わり方や活動内容は勿論違います。しかし、私自身が大切にしている思いは同じです。
――地域活動で大切にしていることは何ですか。
バングラデシュでも地元の活動でも同じですが、NPOやNGOの専門家として僕らだけが頑張ったとしても、僕らが考えていることって、地域の人が考えていることと同じとは限らないです。だから、僕たちの視点だけでなく、「生活者」の視点でものを考えることが地域活動には必要です。
地域の人たちに課題に対してしっかりと当事者意識をもって考えてもらうことが大切。そうすることで、自分たちが本当に困っていること、必要なことが見えていきます。
私のこの考えは長年シャプラニールで学んできた経験から影響を受けています。シャプラニールの活動原則には生活者の視点を意識したものがあります。「当事者主体の原則」です。現場の「取り残された人々」、それを取り巻く周辺の人々が主体となること。自ら考え、問題を解決すべく行動することを重視しています。
――「生活者」というのは、まちづくりでもよく使う「市民」とは違いますか。
一般的には「市民」は自律的に、公共性を持って活動するというようなニュアンスがありますが、「生活者」っていうのは、その地域に「いる」「生活している」存在って感じですね。僕たちは、日々の暮らしの中で、多くのことを考えて生きています。家族、友達、仕事、買い物、食事、恋愛・・・。こうした人生の時間の中でいろいろな経験を積んで、その地域の中で暮らしてきた人たちが「生活者」です。
地域活動の際には、地域で生きてきた中で得た知識・経験が、とても大切です。専門家のような視点ではなく、素朴な視点で地域を考える必要がありますね。
■バングラデシュと東京で社会課題を共有
――バングラデシュと東京では人々の生活や経済状況も大きく異なると思いますが、地域によって生活者の方の違いも大きいのではありませんか。
生活を営んでいるのはどの国でも同じ。生活している人の中には同じような感覚があります。それに伴い、日本・海外問わず、人々の中で共有できる社会課題が多いのではないかと感じています。例えば、貧困問題はいまでは途上国のことだけではなく、日本国内でも大きな問題です。シャプラニールでは以前、東京の大久保とバングラデシュのダッカ、2カ所を実際に訪問するスタディツアーを実施しました。そこで、貧困のために路上やスラム街で暮らしている人達の現場について学ぶ機会を持ちました。
それから、現地のストリートチルドレンや家事使用人支援を行うNGOスタッフ達を日本に招き、フリースクールや子ども食堂など同じような活動を行う日本の団体とシンポジウムを行うなどのコラボもしました。
風土や文化が違ったとしても素朴な視点で意見交換ができました。開発のプロではないし、ノウハウは知らないけど、同じ「生活者」の立場なら共有できることがある。ノウハウや思いを国内のテーマに結び付けて活かすことができます。
日本のノウハウを現地で活かすという点で、バングラデシュの防災プロジェクトにかかわる人たちを対象に、地域で募金を集める事例として赤い羽根共同募金を紹介もしています。災害多発国であるバングラデシュと水害に悩まされている日本は、社会課題をこのように共有できますね。
バングラデシュというと距離的にも、心理的にも遠く感じる人は多いかもしれませんが、同じ時代に同じ地球で生活している者同士、通じ合える共通の課題があって、その課題を通じて、お互いに学び合えると思っています。
■将来の地域活動は「自律・分散・互恵」
――これからの活動で目標にしていくことは何ですか。
これからの地域活動のキーワードは「自律・分散・互恵」だと思っています。地域の中で自立した組織や個人が、分散して活動し、アメーバのようにつながりつつ、その時々の状況に合わせて相互扶助を行っていく。シャプラニールもかつては相互扶助グループの支援をメインに活動していました。今後は地域の中で自律・分散化した活動がどんどん出てきてほしい。そうすれば、いつまでも制度や政府、行政に頼らずに住みよいまちづくりができるでしょう。
坂口さんを取材して、地域活動を行う上で、どれほど「生活者の視点」を大切にしているかがよく分かった。そして、一見異なって見える国同士でもその生活者が抱えている課題に違いは無い。だからこそ、お互いに共有でき、学び合えることが社会課題を解決する糸口になるのではないかと感じた。