<取材・執筆>時盛 郁子 <取材先>一般社団法人TOKYO PLAY 代表理事 嶋村 仁志さん
子どもの頃、どこで何をして遊んでいたのだっけ――。
2023年12月2日、東京都渋谷区の聖心女子大学で開催された「市民セクター全国会議2023」(日本NPOセンター主催)。8つのテーマで開かれた分科会のうちの1つ「『居場所づくり』を当事者性とウェルビーイングから考える」で、一般社団法人TOKYO PLAYの嶋村仁志さんの話を聞きながら、ふと振り返った。
ラジオ体操からの帰り道に、葉っぱを流して遊んだ水路のきらめき。一輪車を練習するときの手すりにちょうどよかった、まっすぐに伸びた石垣。20年以上前のことだが、葉の青い香りも、石垣のざらざらとした手触りもはっきりと思い出せる。公園や校庭でも遊んでいたけれど、どうしてだかこんな記憶のほうが鮮やかだ。
「遊び」を通して、自分が生きている世界を知っていく
分科会の中では、嶋村さんがこれまでに「子どもの頃はどんなふうに遊んでいたか」と大人にヒアリングをした中から、いくつかの回答が共有された。つくし摘みをしたり、近所の子牛を触ったり。日常生活の中にあったささやかな「遊び」が紹介されると、会場は和やかな雰囲気に包まれた。
「子どもにとっての遊び場は公園や学校だけではなく、暮らしているまち全部です。子どもは、大人がつくった“箱”の中で、大人を喜ばせるために遊ぶわけではないですよね。やりたいことがあったら、大人が手を貸さなくても自ら体と心を動かして、人間関係を広げながら遊んでいく。失敗しても壁を乗り越えて、もっとやりたいことを見つけていく。これは遊びの最大の効用です」
嶋村さんの言葉が、すとんと腑に落ちた。ないものはあるもので代用する。引っ越してきた同級生と友達になる。子どもの頃、暮らしているまちの中で「遊び」を通して得た経験は確かにたくさんあった。
「遊び」を通して、子どもと大人が交わっていく
TOKYO PLAYが目指すのは、「子どもの遊びにやさしい東京」。2010年に任意団体として設立されて以来、地域の道路の一部を歩行者天国にして遊び場にする「とうきょうご近所みちあそびプロジェクト」などを行いながら、子どもが安心して遊べる環境づくりを推進してきた。
「1970年には、子ども1人に対して大人は2.46人という割合でした。それが2020年には、子ども1人に対して大人が5.90人。子どもはマイノリティになって、子どもや子育て世帯は段々と“見えない存在”になってきています」
だからこそ、「ご近所みちあそび」では、遊び場を公園ではなく道路につくる。商店街や、家の前の狭い路地。遊ぶために訪れる場所ではなく、誰もがすれ違う場所で行うからこそ、まちの中にいる子どもや子育て世帯が見えてくる。
「普段は車だけの場所だと思っていたところに人が集まるのは、特別なことをしなくても何だか楽しいんですよね。もちろん、みちあそび以外の時間の道路は危ないということは、子どもたちに丁寧に伝える必要があります」
「ご近所みちあそび」では、特別な遊びのプログラムを用意したり、大人が遊びを主導したりすることはない。何も用意しなくても、路肩の砂や泥が立派な遊び道具になる。同じチョークを手に取っても、道路に絵を描く子どももいれば、粉にして遊ぶ子どももいる。遊び終わったときには、子どもたちの手で、デッキブラシでチョークを落とす。「そんな子どもたちの姿を見て、大人たちがまなざしを変えていくこともあります」
開かれた場所に子どもと大人が集まっていると、お互いの様子が少しずつ見え始め、また人が集まってくる。手作りのおもちゃを披露しに来る大人がいたり、近所の魚屋さんが「みんなで触って」と板氷をくれたり。「みちあそびは子どもだけではなく、そこに来る大人のためにもなる」と嶋村さんは話す。子どもも大人も、地域に住む人のことを少しずつ知っていくことができるからだ。
大人たちには「自分たちで変えられる」という手ごたえを
「ご近所みちあそび」が開催されるとき、TOKYO PLAYは主催者ではなく、基本的にはサポート役に徹する。イベントを主催し、準備を行うのはあくまでもその地域に住む人だ。「お金を払って誰かにやってもらうという選択肢もたくさんありますが、僕たちはみんながただサービスを受けるだけの消費者になってしまうことを危惧しています。地域に暮らす人たちが、自分たちが当事者なのだと実感できる機会を、遊び場づくりを通して提供していきたいと思っています」
自分たちでやってみるから分かることがあり、出会いもある。そこから生まれるつながりが、また次の面白さをつくる。自分たちのまちは、自分たちで面白くできるのだ。
嶋村さんは、子どもが遊びながらさまざまな力を身に付けていくことを「いのちのしくみ」と表現する。面白そうだと思うことに取り組み、壁にぶつかり、乗り越える。その先で、もっと面白そうなものを見つける。この積み重ねの中で、子どもは自分自身を「大丈夫」に育てていくのだと。
「インターネットで調べれば何でも事前に分かる世の中ですが、一方では不確実なことに耐える力も問われています。どうなるのかよく分かっていないことでも大丈夫だと思えるマインドは、遊ぶ中で育ってくるもの。うまくいってもいかなくても自分で何かをやってみることは、子どもも大人もやり続けたほうがいいと思うんです」
「遊び」の価値を次世代につなぐために
「とうきょうご近所みちあそびプロジェクト」をはじめとする遊び場づくりの支援は、TOKYO PLAYにとって「メニューの1つでしかない」のだと嶋村さんは話す。その先に目指すのは、遊ぶことを社会が保証する制度づくりだ。
子どもが遊ぶ環境には、公園のように大人が用意した遊び空間「プレイスペース(play space)」と、空き地やすき間、自然の場所など街の中の遊ぶことができる空間すべてを指す「プレイアブルスペース(playable space)」の2種類がある。「プレイアブルスペース」が成立するには、物理的な空間と、「そこで遊んでもいいと周りの人から思ってもらえる」心理的な環境が揃う必要がある。「プレイスペース」よりも「プレイアブルスペース」が多いほうが、子どもが生きる環境として豊かだと嶋村さんは言う。
「イギリスを構成する国であるウェールズなどでは、こうしたプレイアブルスペースも含めた子どもの遊び場所を3年毎にアセスメントすることを国が義務化しています。義務化すれば、子どもがどう遊んでいるのか、遊べていないならその原因は何なのかを、大人が社会として責任を持って調べて改善し続けることができる。すでにそんな風に子どもの遊びを大切にし始めている国があるのだから、社会が子どもの遊びを保証することは不可能ではないと感じています」
政策提言や人材育成、大人たち一人ひとりの意識を変えていくための啓発活動。これから取り組みたいことがまだまだあるという嶋村さんの話を聞きながら、「いのちのしくみ」という言葉を思い出す。子どもたちが豊かに遊べるまちには、子どもを見つめるまなざしが温かい大人が必要だ。そのためにはまず、私たちも体と心をいっぱいに動かして、自分が生きている世界に触れ、素晴らしい場所だと感じたい。それが自由にできるまちは、子どもにはもちろん、大人にとってもやさしいまちに違いない。