日本NPOセンターと行っている本シリーズでは、フィランソロピー(慈善活動)の理念と実践を探求し、フィランソロピーが日本の未来にもたらす変革の可能性について考えます。前回の記事では、フィランソロピーの意義について考察しました。フィランソロピーの起源を考察した後、エコシステム、資源、目的、実行、恩恵、文脈、時間といったフィランソロピーの7つの基準を紹介しました。今回の記事は、フィランソロピーの歴史に焦点を当て、フィランソロピーに対する5つの異なるアプローチを検証します。それらのアプローチとは、伝統的フィランソロピー[traditional philanthropy]、科学的フィランソロピー[scientific philanthropy]、フィランスロキャピタリズム(市場原理を取り入れたフィランソロピー)[philanthrocapitalism]、公正な仕組みのためのフィランソロピー[justice philanthropy]、関係性のフィランソロピー[relational philanthropy]です。
フィランソロピーの進化:日本と欧米の視点で
フィランソロピーを理解するためには、まずフィランソロピーが静的な概念ではないことを認識することが重要です。フィランソロピーは時間とともに発展し、さまざまな価値観を取り入れ、異なる文脈でさまざまな形で展開されます。このことを説明するために、日本を例に挙げてみましょう。日本では、フィランソロピーの要素に関連する数多くの具体例が見られます。これらには、「報恩」「恩」「義理」に不可欠な感謝の気持ちや相互性の重視、「社会貢献」や「福祉」に表現される企業や地域社会の貢献と責任の強調、「慈悲」「ふれあい」「人づくり」を支える思いやりの理想が含まれます。
同様に、欧米のフィランソロピーもまた流動的な概念です。その動機や仕組み、期待や表現は、さまざまな歴史的、文化的、社会経済的な文脈の影響を受け、形成されてきました。以下、表1では、欧米のフィランソロピーにおける歴史的なクラスターを、日本のフィランソロピーにおける同時代の動きと合わせて紹介しています。これらのクラスターを見てみると、現代のフィランソロピーを理解するために特に注目すべき西洋のフィランソロピーの5つの包括的なアプローチ(伝統的フィランソロピー、科学的フィランソロピー、フィランスロキャピタリズム(市場原理を取り入れたフィランソロピー)、公正な仕組みのためのフィランソロピー、関係性のフィランソロピー)が浮かび上がります。
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フィランソロピーの5つのアプローチ:思考の実験
フィランソロピーの5つのアプローチが実際にどのように実行されるかを探るために、ひとつ思考実験を行ってみましょう。お題はこれです。「お腹を空かせている人を見て、その人を助けたいと思ったとします。あなたはその人をどのように助けますか?」このお題に対し、伝統的フィランソロピー、科学的フィランソロピー、フィランスロキャピタリズム(市場原理を取り入れたフィランソロピー)、公正な仕組みのためのフィランソロピー、関係性のフィランソロピーは、それぞれ異なる答えを提供します。
アプローチ①:伝統的フィランソロピー~困った人には、まず一匹の魚を
伝統的フィランソロピーは、即座の救済に重点を置きます。あなたがお腹を空かせた人を見かけて、その人に魚を与えて食べさせるとします。これにより、その人の空腹は一時的に和らぎます。この行為は思いやりに満ちていますが、その人の必要性の根本原因に対処するわけでも、長期的に支援するわけでもありません。魚を食べ終われば、再び空腹になります。このようなやり取りは、与える側が権力と支配力を保持し、受ける側が受動的な役割にとどまることを意味します。これらの問題をどのように解決できるでしょうか?ここで科学的フィランソロピーが登場します。
アプローチ②:科学的フィランソロピー~釣り方を学び、釣り竿を提供し、持続可能な釣りを促進せよ
科学的フィランソロピーは、長期的なエンパワーメントを目指した構造的かつ戦略的なアプローチに焦点を当てています。この考えは、アンドリュー・カーネギーの著書『富の福音』に由来しています。1835年にスコットランドで生まれたカーネギーは、20世紀初頭に世界で最も裕福な人物の一人となった実業家です。『富の福音』の中で、彼は富の責任と使い道についての考えを述べています。彼の主張の核心は、フィランソロピーは、人々が自らを助けることができるような支援を提供し、その条件を整えるべきだというものです。
したがって、空腹の人に魚を与えるだけでなく、科学的フィランソロピーはその人に魚の釣り方を教え、釣り竿などの必要な道具を提供することに関心があります。このように、焦点は空腹の緩和から空腹の予防へと移ります。
ただ、技術や道具が重要であっても、それらを最大限に活用するための情報がなければ必ずしも十分ではありません。釣りに最適な場所はどこか?データやテクノロジーを使って釣りを改善できるのか?解決策をどのように拡大できるか?これらは、次に紹介するフィランスロキャピタリズムが関心を持つ問いです。
アプローチ③:フィランスロキャピタリズム(市場原理を取り入れたフィランソロピー)~最も魚の多い海を見つけ、釣りを投資に変えよ
1990年代に登場したフィランスロキャピタリズム(市場原理を取り入れたフィランソロピー)は、ビジネスの原則と実践をフィランソロピーに統合し、社会問題を投資機会と考えます[1]。これは、指標や、データ主導の意思決定、市場ベースの解決策を重視します。私たちの思考実験において、市場原理を取り入れたフィランソロピーのアプローチは、釣りをどのように最適化できるかを探ることです。最適な釣り場はどこか?支援すべき最良の釣り人は誰か?釣りを行うための最も効果的な道具は何か?そして長期的な財政的持続可能性と収入を確保するためにビジネスとして釣りに投資する方法があるかどうか?を検討します。
このアプローチは効果と効率を高める一方で、データと技術を誰が管理するのか?フィランソロピーが投資として扱われるときに誰が利益を得るのか?そして技術的な解決策が常に社会問題を解決する最善の方法であるのか?といった懸念も引き起こします。これらの課題は、私たちを次に紹介する公正な仕組みのためのフィランソロピーへと導いてくれます。
アプローチ④:公正な仕組みのためのフィランソロピー~釣りを教える前に、川へ行く道を開け
公正な仕組みのためのフィランソロピーは、効率と効果を超えて、公平性と体系的な障壁に取り組みます[2]。これまで紹介したフィランソロピーのあり方は、エンパワーメント、効率、効果などに焦点を当ててきましたが、公正な仕組みのためのフィランソロピーはより深い問いを投げかけます:最良の、あるいはどの釣り場にもアクセスできない場合、どうすればいいのだろう?と。私たちは誰かに釣り方を教えたかもしれません。釣り竿を渡したかもしれません。釣りをするためのより効率的で効果的な方法を特定したかもしれません。しかし、助けようとしている人が実際に釣りをするために川や海に到達できないのであれば、これらすべては意味がありません。
したがって、公正な仕組みのためのフィランソロピーはそのような障壁を特定し、克服することに焦点を当てます。すべての人が適切な機会を持ち、参加し利益を得られるようにすることを目指しています。資源へのアクセスを拡大し、歴史的、文化的な背景を尊重しながら集団的な意思決定を促し、異なる利害のバランスを取ることで長期的な調和を図ることを目指しています。公正な仕組みのためのフィランソロピーはこう問いかけます:どうすれば、一部の人々を取り残すことなく、社会が共に前進できるのか?すべての人が釣りをする機会を持つためにはどうすればよいのか?
ただ、これまで紹介した4つのアプローチはいずれも重要な洞察をもたらしてくれますが、いずれも以下の重要な質問を見落としています:私たちが助けようとしている人々は本当に魚が好きなのだろうか?彼らのニーズや好み、状況を理解する前に、釣りが正しい解決策であると決めつけていないか?ここで関係性のフィランソロピーが登場します。
アプローチ⑤:関係性のフィランソロピー~魚を捕るより、海と語れ
これまで出てきたアプローチとは異なり、関係性のフィランソロピーはわれわれがニーズを理解しているという前提から始めるのではなく、対話から始めます。このアプローチは、フィランソロピーが支援しようとする人々に相談することなく、安易に解決策を押し付けてしまう可能性があることを理解しています。そのため、一方的に与えるのではなく、相互交流と互恵性を重視するアプローチに焦点を移します[3]。関係性のフィランソロピーは、飢えに苦しむ人々やそのコミュニティが提供される支援に関する貴重な知識を持っていることを認識しています。日本でいう「和」の理想に強く共鳴しながら、信頼、相互尊重、意思決定を共有することで、解決策を共創し、集団の幸福(ウェルビーイング)と長期的な持続可能性を育むことを目指します。この考え方は、フィランソロピーのアプローチが、個人やコミュニティのニーズや価値観に合致することで、集団の幸福と長期的な持続可能性を醸成するというものです。
ひとつではなく多くのアプローチを:優れたフィランソロピーには5つのアプローチが必要
フィランソロピーへの5つのアプローチは、それぞれフィランソロピーを探求し、評価し、関与するための貴重なレンズとなります。これは図1に示されています。伝統的フィランソロピーは即座の救済と支援を提供します。科学的フィランソロピーは能力構築とエンパワーメントを支援します。市場原理を取り入れたフィランスロキャピタリズムは効率と効果を高めます。公正な仕組みのためのフィランソロピーは公平性を提供します。関係性のフィランソロピーは対話、共創、信頼を育みます。空腹な人と魚・釣りにたとえて、これらのアプローチに内在する異なる重点を探求し検討してきましたが、その根底にある考え方や理想は、フィランソロピーのあらゆる分野に当てはまるものです。
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残念ながら、フィランソロピーに関する議論はしばしば特定のアプローチの支持者によって支配されています。しかし、そのような議論は本質を見逃しています。これらのアプローチのどれも単独では十分ではありません。それぞれに長所もあれば短所もあります。むしろ、これらのアプローチが提供する洞察を組み合わせて考慮する必要があります。これらを組み合わせることで、フィランソロピーを検討し実践するための包括的な視点を提供する可能性が生まれます。次回は、この記事と前回の記事から得られた洞察を統合し、フィランソロピーを探求し、実践するための包括的なフレームワーク(枠組み)を紹介する予定です。
参考文献
[1] Haydon, S., Jung, T., & Russell, S. (2021). ‘You’ve Been Framed’: A critical review of academic discourse on philanthrocapitalism. International Journal of Management Reviews, 23(3), 353-375. doi: https://doi.org/10.1111/ijmr.12255
[2] Jung, T. (2024). Just Philanthropy? Towards a pragmatic and accountable integrative framework for justice philanthropy. Paper presented at the 16th International Conference of the International Society for Third Sector Research (ISTR), Antwerp, Belgium.
[3] Petzinger, J., & Jung, T. (2024). In reciprocity, we trust: Improving grantmaking through relational philanthropy. Journal of Philanthropy and Marketing, 29(2), e1840. doi: https://doi.org/10.1002/nvsm.1840