<取材・執筆>柿本 和子   <取材先>一般社団法人ベアホープ 理事 赤尾 さく美さん

筆者個人の話だが、以前、不妊治療を受けていた時期がある。

通ったのは、高度な不妊治療技術で評判のクリニックだった。いつ訪れても、待合室は大勢の女性とそのパートナーであふれ返っていた。それだけ子どもが欲しいと願う夫婦がいるということだ。

同時に、妊娠できるまで終わりのない、不妊治療の過酷さを、身を持って体験した。もしあの時、治療が失敗に終わっていたら、自分はいつまで不妊治療を続けていただろうか。まさに出口の見えないトンネルだ。

だが、実は不妊治療がすべてではないと、後で知った。もし子どもを「産む」ことが目的なのではなく「家族」を求めているのなら、特別養子縁組制度によって「家庭を必要とする子どもを迎える」という選択肢もあるのだ。

子を望む夫婦が、特別養子縁組制度で家族を迎えるとき、どんな準備や考え方が必要なのか。特別養子縁組の民間あっせん団体である「一般社団法人ベアホープ」の理事、赤尾さく美さんに話を伺った。

特別養子縁組で、新たな家庭で安定した生活が可能になる子どもたち

日本では今、さまざまな事情で親と暮らせない子どもが約3万5千人いる。そのおよそ8割が乳児院や児童養護施設などの施設で暮らし、養子縁組や里親制度により家庭環境で養育される子どもは2割に留まる。

しかし本来、子どもは家庭環境で育てられるべきとして、2016年の児童福祉法改正で、家庭養育優先の理念が規定され、実親による養育が困難であれば、特別養子縁組や里親による養育を推進することが明確にされた。

なかでも特別養子縁組は、実父母との法的な親子関係が終了して、養親と子どもとの間に法律上の親子関係が結ばれ、戸籍上も実子と同様に扱われるというものだ。子どもが新たな家庭で安定して生活できるようになり、その意義は大きい。

2019年は711件の特別養子縁組が成立しており、年々増加してはいるが、欧米に比べると圧倒的に遅れているのが現状だ。

【普通養子縁組・里親制度との違い】
(厚生労働省「特別養子縁組制度」リーフレットから抜粋)

障害も病気も受け入れる気持ちを

1988年に特別養子縁組制度が制定されて、すでに30年以上が経つが、注目が集まるようになったのは、ごく最近のこと。それには、出産年齢の高齢化などによる不妊が増加した影響も、その一因にある。

今回、話を伺った赤尾さんは、日本により専門性の高い特別養子縁組を根付かせたいという思いで、長年、活動してきた。2013年に代表理事のロング朋子さんとともに、民間あっせん団体の「ベアホープ」を設立。医療、福祉、心理などの専門職スタッフでチームを組んで、妊娠葛藤相談から養子縁組の支援、養親の研修・教育、縁組後のフォローまで、包括的なサポートを行っている。

特別養子縁組を希望する夫婦は増えているのか聞くと、赤尾さんは「子どもが欲しいと希望する夫婦はたくさんいますが、その大半が「新生児で、病気や障害がない子ども」を希望されます。でも、病気だったら受け入れられない、障害があるなら無理だという選択的な考えが強いなら、特別養子縁組はおすすめしません」と、きっぱり話す。

「特別養子縁組制度は、家庭が与えられなかった子どもに恒久的に家庭を提供しようとする、子どものための制度。夫婦の理想だけを求めることはできません。実の母親が妊娠中に困難な状況で、過酷な胎内環境で育たざるを得なかった子どもや、周囲からの助けがない中で出産し、それでも子どもの幸せを願い、養子縁組を決断した母親が託す子どももいます。さまざまな背景を抱えて生まれてきた子どもたちは、病気や障害など、何らかのリスクを負う確率が一般よりも高くなりがちです。その背景を理解したうえで、病気や障害を含めて、どんな子どもでも受け入れるという大きな気持ちで、養子縁組に臨んでいただきたい」と、赤尾さんは言う。

特別養子縁組で子どもを迎える選択肢を、若いときに知ってほしい

大きな課題となるのが、養親の年齢の問題だ。

特別養子縁組における養親は、原則25歳以上の夫婦であることが定められているが、上限の定めは特になく、個々のあっせん機関に委ねられている。ただし、子どもが育つ間、養親が健康で、かつ経済的にも安定して暮らしていけることが必要なのは間違いない。

このため、ベアホープでは養親と子どもとの年齢差は概ね45歳差までという条件を設けている。また、子どもが成人するまで安定して生活できるように、養親の健康面や栄養面、夫婦関係のサポートなども行っている。

「不妊治療を長年続けてきたカップルは、治療を断念したときには高齢であるケースが多く、特別養子縁組のチャンスまで失いかねません。そうならないためにも、養子縁組で子どもを迎える選択肢があることを、若いときから知ってほしい」と赤尾さん。

「海外では、1人目は養子、2人目は里子を迎えたいなど、結婚前からカップルで家族計画を話し合っておくことがよくあります。不妊治療を始める前に、養子を迎える検討もしてもらえれば、より早く子どもと暮らす夢が叶い、より多くの子どもが家庭で育つチャンスが生まれます」

特別養子縁組を「知る」ことから始めよう

子を望む夫婦にとって、家族を迎えるための大切な選択肢となる特別養子縁組。だが、血のつながりのない子どもを心から愛せるのか。産む経験がなくても、親として育てていけるのか。不安は尽きない。

しかし、新たな家族を迎える可能性を捨ててしまわず、一つの選択肢として考えてみることも大切だ。まずは、特別養子縁組について「知る」ことから始めてみてはどうだろうか。

現在、特別養子縁組の仲介は、行政機関の「児童相談所」と民間のあっせん機関が行っている。問い合わせの相談や養親希望者への説明会、研修も随時、実施している。それらに参加して理解を深めたうえで、自分たちにとって特別養子縁組が最善な選択か、検討してみるといい。

また、子どもへの真実告知を含め、縁組後の生活には不安がつきもの。そんなときに支えとなるのが、養親同士の横のつながりである。ベアホープでは、養親同士、子ども同士ともに交流が盛んで、コロナ禍においても、SNSやオンラインで情報交換をしているという。養子縁組をした先輩親子の生の声は、何よりの助けになるはずだ。

そもそも、特別養子縁組制度という選択肢があること自体を知らされていない問題もある。赤尾さんは「不妊治療施設で治療を担当する医師が、患者が治療に入る前に、特別養子縁組で家族を迎える方法もある、と情報提供してくれるといい」と、言う。

ベアホープのホームページに掲載されている養親の声で、心に残ったコメントがある。

「そういえば、血は繋がっていないんでした(笑)。それくらい普段の生活では、すっかり忘れています。夫婦だって血は繋がっていないのですから、家族となる上では問題ないと思います」

これくらい気負わず、特別養子縁組が当たり前になる世の中がいつか来ることを願ってやまない。