日本語でも社会的マイノリティに配慮した言葉が数多くある。よく話題になるのは障害(者)※をどう表記するか。この場合、障害の「害」という字をあえて使わず、「障碍」や「障がい」と表記することも増えている。

ところ変わってアメリカでは、当事者の権利が早い段階から言われ、それに伴い障害者に対する表記の仕方も歴史的変遷を経てきている。

その変遷に気づかず、それを指摘され気がついたことについて書いてみたい。

ご存じかもしれないが、現在日本NPOセンターの英語サイトでは、オピニオンサイト「NPO CROSS」の過去の記事から、英語読者の関心を呼びそうなものを随時英訳して紹介している。先日、障害者の人権のあり方について書かれた日本語記事を翻訳した。

障害者の訳語として、日本ではたびたび使われる「ハンディキャップ(handicapped)」という英語表現は、かなり前から適切ではないとされている。そのため今回は訳語としてdisabled people/personsやthe disabledという表現を主に使った。この表現に対して、米国暮らしが長いバイリンガルのスタッフから指摘が入った。「disabledが先にくると、障害を表わす単語がより強調されるため望ましくない。人を先にするpeople with disabilitiesという表記が一般的だ」と。20数年前?私のアメリカ大学院時代には、特にそのような指摘を受けたことはなかったので、彼女の指摘に、時代の変化に対応できていなかった自分を恥じた次第だ。

もちろん表記の変化は、この2、30年来のポリティカル・コレクトネス(PC)の概念や、それを取り巻く論争の変遷にも影響されている。確かに私の大学院時代も、disabledではなく、「困難に挑戦する」という肯定的な意味合いのchallengedという表現の方が好ましいという議論があった。その表現になにか違和感を覚えながら、この論争を横目で見ていたことを思い出した。

これを機に彼女が紹介してくれた「障害を持つアメリカ人法連邦ネットワーク(Americans with Disabilities Act(ADA)National Network)」という当事者団体が出す「障害者に関する記述のガイドライン」を読んだ。障害者は何よりもまず人であり、人は障害を持っている状態であることや、そういった診断を受けた、という認識が大切だと書いてある。Person-First Language(人が先にくる言語)という考えだ。これが先のPeople with disabilitiesという表記の根拠となる。この考えに従えば、disabled personやthe disabledという表記はNGとなる。

ただ一方で、当事者が障害という状態をどうとらえるかによって、障害という表記を先にもってくるIdentity-First Language(アイデンティティが先にくる言語)も可能だと載っている。どういうことだろう。本来、ポリティカル・コレクトネスは人種や宗教、性別などの違いに対する許容性という観点から始まったが、やがて英語における障害者に関する表記については、行き過ぎた「言葉狩り」だという批判や、当事者からのカウンター的な異議申し立てもあったという。それがIdentity-First Languageの選択肢につながったと考えられる。

障害者をめぐる表記の議論は英語という言語がもつ特有の事情もあるが、重要なのは、当事者自身が自分の障害をどう考え、どう呼ばれたいのかという視点と、その考えに対する社会的な尊重・配慮である。つまり当事者外の人間からアイデンティティを押し付けられたり、レッテルを貼られるものではないという、至極当たり前の話なのである。さらに重要なのは、そこに対話が生まれることだと思う。もちろん当事者の考えも多種多様なため、その過程にいろいろな混乱や緊張をはらむ場面もあるだろうが、こういった議論の空間や対話の中で生み出されるものや意味は、社会にとって大きいはずだ。

ひとつの訳語を巡ってやや大きな話になったが、何気ない指摘から、こういった姿勢や感性をもつことの大切さを気づかされた貴重な経験となった。

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※日本NPOセンターでは、現時点では「障害(者)」という表記を採用している。これは社会的障壁こそが「障害」を生み出しているという考えに基づいている。 日本における「障害」の表記に関する議論は、内閣府「障がい者制度改革推進会議」の「障害」の表記に関する作業チーム資料をご覧いただきたい。

1件のコメント

  1. ハンディキャップ、ハンデとしない。
    活動をする中でのキャッチフレーズとして使用していましたが今一度立ち止まって考える機会をいただきました。ありがとうございます。

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