本稿は、中国の非営利セクターの特徴について、個人的な観察も含めた私の研究経験に基づき、日本の読者向けに執筆したものである。

中国と日本の比較の視点を中心に据えたかったが、両者を比較する適切な枠組みが見つからなかったことをはじめに申し伝えておきたい。その理由は、まさにこの記事を通して最も表現したかったことである。すなわち、中国社会における非営利セクターというものは、国家・市場・コミュニティなどと並列したときに、独立した部門として存在するというより、むしろ行政、企業、個人などのさまざまな主体が社会に参加するための手段であるということである。マックス・ウェーバーの価値合理性と目的合理性という類型論で区分すれば、与えられた目的達成のための手段が合理的という意味で、中国の非営利セクターは目的合理性をもつものだといえる。

それゆえ、中国の非営利セクターの正当性(legitimacy)は、単なる市民社会だけでなく、多くの場合、行政や企業などとの関係づくりから生まれる。これが、中国の社会的発展途上における暫定的な現象なのか、あるいは、現代中国が他国と区別されるべき特徴なのかは、歴史的な検証が求められる。ただ、ここで明らかなことは、中国の非営利セクターは、故Lester Salamon教授が論じたような他のセクターの「失敗」からではなく、むしろそれらのセクターや社会とのインタラクション、つまり社会参加のニーズによって生み出されたということである。

この点は、日本の読者に少し分かりにくいかもしれない。より具体的な中国の非営利セクターの特徴を理解してもらうために、中国の歴史的文脈を加えつつ、2つのNPOの事例を取り上げてみたい。

一つ目は、中国青少年発展基金会(China Youth Development Foundation)である。この基金会は、1970年代後半から始まった市場の段階的な開放を図った改革開放以降に設立された代表的なNPOで、中国で最も有名な非営利公益プロジェクトである「希望工程」の実施団体でもある。1989年から始まった「希望工程」は、貧困地域の教育条件の改善や、未就学児童の復学等を資金的に援助する一大プロジェクトで、2023年末までに、累計223.11億元(約5,000億円)の寄付金を集め、生活困窮児童728.4万人、小学校21,064校を支援した。今日の視点から見ると、35 年前に始まった「希望工程」はそれほど先端的な公益活動とはいえないが、中国のこれまでの市民参加の育成や諸制度の構築に継続的な影響を与えたという意味で、中国では誰でも知っているプロジェクトである。

そして、このような巨大で影響力のあるプロジェクトにおいて、国家の存在は無視できない。現に中国青少年発展基金会は、国家の意志を担う共産主義青年団によって設立された。民間主体でNPOが設立できないわけではないが、中国に非営利法人制度がなかったこの時代では、国家が最初の非営利の実践者となった。また、今ほど富裕ではなかった1980年代の中国社会にとって、国民の募金はそれほど容易ではなかった。「希望工程」がこれほどの寄付を集められたのは、政府による動員と支持があったからである。さらに、助成金を貧困児童にどう届けるのかは、もう1つの難題であった。当時は地域の民間支援団体がまだ少なかったため、多くの支援は実際には地方の政府機関と連携し、教育行政を通して遂行された。

二つ目のNPOの事例は、騰迅公益慈善基金会(Tencent Foundation)である。青少年発展基金会が中国の伝統的な非営利組織だとすれば、この基金会は中国の未来型非営利組織といえる。ただ、この基金会も純粋なNPO・市民団体ではない。設立者は中国のテクノロジー大手企業のテンセント・グループである。テンセントは基金として最初に2,000万元を寄付し、その後企業利益の一定割合を毎年寄付し続けている。2007年から2023年までに、基金会はテンセントとその従業員から152億元(約3,370億円)以上の寄付を受けた。また、インターネットと公益活動の徹底的な統合と発展の促進が、同基金会の設立趣旨であるため、公益活動のデジタル化を実現するために「騰迅公益」という名称のデジタルプラットフォームを作った。2024年現在、前述の中国青少年発展基金会の「希望工程」を含め、約2万に及ぶNPOが行う14万以上の非営利公益プロジェクトがこのプラットフォームに登録されており、それぞれクラウドファンディングを展開している。

こうした実践は、テンセント・グループによる企業社会貢献(CSR)と位置付けられているが、「騰迅公益」は規模的にCSRの範囲を超えている。なぜなら、その影響力は企業だけではなく、NPO業界全般まで及んでいるからだ。現在、中国には「騰迅公益」と類似の公式に認められたオンライン募金プラットフォームが29ある。その半分以上は企業、もしくは企業によって設立されたNPOによって運営されている。企業の参画は、NPO業界に大幅な効率改善の機会を与えたといえる。 以上の2事例を通して私が強調したかったのは、中国の非営利セクターは、日本のそれと比べると、一種の価値規範というより、多部門による社会参加のアプローチに近いということである。このようなアプローチは、社会問題に関与するさまざまな主体の利益を統合し、各主体のコンセンスを育成させた。だからこそ、非営利組織はさまざまな主体と協力し、社会問題を共同で解決する手段となり得る。この意味で、中国では「非営利セクター」は異なる価値観が融合する「場」を提供している。つまり目的合理性に基づくプラグマティズム(実用主義)が、中国のNPOセクターにおける最大の特徴といえるであろう。