<取材・執筆>NPO CROSS編集委員会 <取材先>NPO法人砧・多摩川あそび村 理事長 上原 幸子さん
多摩川の河川敷を自然遊びの場に
あなたは「プレーパーク」という言葉を聞いたことがありますか。 「自分の責任で自由に遊ぶ」をコンセプトにした子どもの遊び場です。 今回ご紹介するのは世田谷区鎌田、多摩川のすぐそばにある「きぬたまあそび村」です。
砧(きぬた)地域にあること、多摩(たま)川に近いことから「きぬたま」の愛称で呼ばれています。
きぬたまはプレーパークではありませんが、同じコンセプトの遊び場です。「プレーワーカー」という子どもたちの遊びを応援する大人がいて、初めて来た親子や遊びに来た子どもたちに積極的に声掛けすることで、自然と輪の中に入っていける雰囲気を作り出しています。
そのため、来園者は乳幼児から小学生、中高生、大学生(インターン、ボランティア)まで幅広いのも特徴です(乳幼児は必ず保護者同伴)。
取材当日は、自主保育(※)の団体予約が入っていました。親子で野外料理を楽しみながら、河川敷での自然遊びをプレーワーカーと思いっきり楽しんでいました。
(※)保育園や幼稚園に預けるのではなく、地域の保護者同士が交代で保育を行う活動。
「コロナの時もプレーワーカーが、今だからこそ毎日開催しようと言ってくれたんです」――。お母さんたちをサポートしながら子どもたちを見守るプレーワーカーの傍らで、「NPO法人砧・多摩川あそび村」の理事長を務める上原幸子さんが話します。
上原さんに、活動を始めたきっかけや経緯について伺いました。
「私は1994年に、多摩川の原っぱの近くで子育てしたくて引っ越して来ちゃったんですよ。ここなら毎日思いっきり走り回って遊べると思ったからです。ですが、平日の河川敷は人が少ないため、地域では子どもだけでは遊びに行かないようにと言われていました。こんなに自然豊かな場所があるのに、もったいないなと思いました」
そして彼女は、ここに遊び場を作るべく、動き始めました。
近くの児童館に勉強会のチラシを置き、1999年、きぬたまの前身である「砧南プレーパークをつくる会」が発足しました。
まずは児童館の協力を得て、念願のウォータースライダーで遊ぶ会を開催。
夏、この土手の斜面にビニールシートを敷いて、水を流して子どもたちが上から滑ってくる。思い浮かべるだけでワクワクしますね。きっと親御さんも一緒に滑ったのでしょう。
タブーと言われている遊びを、大人が一緒にいることで可能にする
上原さんは同年「多摩川水系河川整備計画」策定に向けた検討の場に市民として参加し、河川敷でのあそび場づくりの意見が採択されました。このとき、「砧・多摩川あそび村」に改名。今は世田谷区の事業として、主に以下の活動をしています。
- 自然体験遊び場「砧・多摩川あそび村」の運営(多摩川の原っぱで週4~5回活動)
- 原っぱから徒歩3分の一軒家、おでかけひろば「きぬたまの家(うち)」の運営
- 子育て相談など、地域の子ども・子育て支援のために働く地域人材「地域子育て支援コーディネーター」「子育てサポーター」の育成
ほかに、出張おでかけひろばやプレーリヤカー事業などもされています。また、大蔵運動公園内に「砧あそびの杜プレーパーク」を開設準備中ということです。
ここでは、「自分の責任で自由に遊ぶ」という方針で、焚火や工具を使った木工活動、昆虫観察などを行います。そして何より、他の多くの遊び場と決定的に違うのは川があることです。川遊び活動は、夏に12回実施しています(世田谷区の委託事業)。
そのため、夏の原っぱでの活動はすべて川遊びに代わります。きぬたまの川遊びでは、ライフジャケットをつけて多摩川を体ごと体感します。多摩川にダイブしたり、シュノーケルをつけて多摩川の竜宮城を覗いたり、専門家を招いて魚の捕まえ方や外来種・在来種を教えてもらったり、生態系を学んだりすることができるのです。お母さんたちも一緒になって川遊びをして、童心に帰ります。
また原っぱの近くには、0~3歳の未就園児の幼児とその保護者が利用できるおでかけひろば「きぬたまの家」があり、子どもの一時預かりや子育て相談などを行っています。まだ原っぱデビューするには早い乳幼児のお母さんにとって、出会いと交流の場となっています。
この「きぬたまの家」や遊び場を支えているのが「子育てサポーター」と言われる人たちです。
我が子の子育てがひと段落したママ、あるいは絶賛子育て中のママが活躍しています。
「子育てサポーターの大事な役割は、地域の子育て世代をつなげ見守ること。また同時に、現場の活動、事務、イベントの調整など、いろんな作業を委ねています。子育てでお世話になったからと、受益者が次の支援者になっていく循環を生んできたのが、この『子育てサポーター』という役職なのです」
2019年、台風で多摩川が氾濫した時に実感した地域の力
「今まで地域の方の協力を得てやってきました。あの時も町会や地元の建設会社の人の応援があって、本当に感謝しかありません」
あの時とは、2019年10月12日、台風19号が多摩川を襲った時です。
多摩川が氾濫し、世田谷区、大田区で40戸が浸水、1万7000人が避難しました。
「きぬたまの活動場所がぐちゃぐちゃになって…。周りのグラウンドは業者が決まるまで手つかずでしたが、きぬたまは『自分たちで片づけていいですよ』と許可をいただき、復旧作業をして1カ月で再開がかないました。片づけは、本当に大変でした。お父さんたちもシャベルで土砂を運んでくれるんだけど、いつになっても終わらないんです。そこへ、『見てらんないよ』と言って、地元の建設会社が重機を3台出してくれました。そこの会社の方が、ボランティアで7人駆け付けてくれて、積もった土砂を移動してくれたんですよ」
大学の先生の仕事をしながら、今も代表として活躍する上原さんは、
「きぬたまはいろんな人たちのね、本当に皆さんの支えあっての場所です」とこれまでを振り返ります。
上原さんの話しぶりには、これまでに何度も経験したであろう苦労の影が見えません。
この人柄が、周囲の人たちを巻き込みながら、彼女の「やりたい」を実現させてきたに違いないと思いました。
「ここで子育てをしたい」という強い気持ちと実行力が同志を呼び、きぬたまあそび村を作り上げてきたのです。
そして、子育て中のお母さんに働く場を提供することにも成功しています。
インタビューの最後に上原さんがおっしゃいました。
「台風の時に助けてくれた建設会社の方もそうなんだけど、いろんな人が『うちの子もきぬたまで育ったんだ』と言ってくれるの。本当にそれがうれしい。励みです」
最後にきぬたまあそび村のシンボルツリーをご紹介します。
よく見ると、はしごの最初の一段が一番の難関です。わざとそのように作っています。
小さい子は危ないから登らないでと言うのではなく、これこそが「自分の責任で自由に遊ぶ」遊び場の無言のメッセージです。
親も子も、この最初の一段を乗り越えていった先に見えるものがあります。
あなたもこのツリーハウスに親子で挑戦しませんか? 最初は子どもを抱っこして、次はお尻を支えて、登らせてあげましょう。最後は、子どもが一人で登るのを見守ります。
こうして一歩ずつ親も子も成長していけるのが、きぬたまあそび村です。
ここでしか得られない経験がきっとあると思います。ぜひ一度遊びに行ってみてはいかがでしょうか?
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きぬたまあそび村では、活動へのご支援も募っています。例えば、上記のシンボルツリーに取り付けられた柱や台は、台風に備えるための対応やメンテナンスをしています。金銭的な負担は大きいですが子どもたちや周囲の環境の安全のために欠かすことはできません。ご支援は、このような環境の整備や子どもたちの活動を充実させるためなどに使われます。ぜひあなたも一緒に、きぬたまあそび村と子どもの未来を応援しませんか?
※賛助会員募集 個人1口:2000円(年度ごとの更新)