新たに災害が起きるたび、どこかに「忘れられた被災地」が生まれています。台風15号、19号が東日本を襲う少し前に起きた「九州北部豪雨」。佐賀県を中心に大きな被害がありましたが報道は激減しています。昨年の西日本豪雨の前に起こった大阪北部地震や、東日本大震災の翌日に起こった長野県栄村を震源とした震度6強の地震も、報道が減り、支援が減っていった「忘れられた被災地」です。

「忘れられた被災地」ができる一つの要因は、メディア露出度だと思います。新しい災害が発生して甚大な被害が出て、報道が減ったからといって、その前に起きた災害で被害を受けた地域や人は支援が必要なくなるということはありません。被害状況として数字が大きい方が大変だとみえるかもしれませんが、被災者一人ひとりからみれば、自分の家族や家が被災するので同じことです。

九州北部豪雨(佐賀県など)

平成から令和になり、今年は大きな災害が起きずに済むかなと思っていた矢先の8月27日、九州北部を集中豪雨が襲い佐賀県を中心に「令和元年8月九州北部豪雨」が発生しました。死者4人、住宅被害6300棟以上の被害にもなりメディアも一斉に報道しました。ところが、ボランティア作業も支援活動もこれから本番と思っていたころの9月9日、「台風15号」が関東を襲い千葉県を中心に死者1名、住宅被害3万5000棟以上の大きな被害を出しました。首都圏で被害件数が多かったこともあり、メディアは一斉に「台風15号 千葉県被害」を連日報道し始めました。

すでにこの時点で、多くの人は「九州北部で豪雨被害があった」ことを忘れてしまい「千葉県が大変だ」という風に変わっていたと思います。まさに集中豪雨で被害をうけた佐賀県、長崎県、福岡県などはこの時点で「忘れられた被災地」となっていったのです。

その裏付けというわけではないですが、顕著に差がみられます。
Yahoo!ネット募金で支援金を集めている某団体の例(10月21日昼現在の募金概算額)
2019年九州北部豪雨 佐賀県被災者支援 約26万円
2019年台風15号 千葉県被災者支援  約936万円

そして、今世紀最大の水害といわれた「2018年西日本豪雨」を上回る水害が発生しました。台風19号(ハビギス)の被害を受けて、災害救助法が適用された市町村は、2011年東日本大震災の8都県237市町村よりも多い13都県315市町村(10月16日現在)にのぼります。

それまで注目されていた台風15号で被害をうけた千葉県は、長野県千曲川の決壊以降メディアでみることは激減しました。「台風15号対応で張ったブルーシートが剥がれてしまった」という報道が少しある程度です。台風19号の被害全容はまだ解明されていませんし、支援活動もこれからですが、メディアは毎日のように報道をしています。もしかすると台風15号で被害をうけた千葉県も台風19号のなかでは「忘れられた被災地」になるかもしれません。

大阪北部地震、台風21号

昨年の「忘れられた被災地」といえば大阪です。2018年6月18日に大阪府北部を震源とした震度6弱の地震が発生して、死者6人、住宅被害6万1000棟以上。阪神淡路大震災以来の都市型地震であったせいか、メディアも大きく取り上げました。特に大阪府高槻市で公立小学校のブロック塀が倒れ、通学途中の女子児童が犠牲になったことに報道は集中し、公共施設のブロック塀診断や補強も一気に進んだことは多くの人の記憶に残っているのではないでしょうか。

ところが、地震発生からしばらくした7月上旬に広島県、岡山県、愛媛県に被害が集中した「平成30年西日本豪雨」が発生しました。西日本豪雨は死者224人、住宅被害約5万2000棟の被害となりました。メディアもあっというまに西日本豪雨に報道をシフトしたため、大阪北部地震の被災地域に目を向けてくれる人が激減しました。そのために大阪の人たちは、自分たちでやらんとアカンといいながら「共助」で何とか乗り越えていきました。この時点で大阪は「忘れられた被災地」になってしまいました。

北部地震の傷がまだ癒えていない9月4日、台風21号が大阪を襲いました。関西空港連絡橋にタンカーが衝突したニュースは覚えていると思いますが、その台風は北部地震で対応した屋根のブルーシートを剥がし、さらには新たな死者や住宅被害が発生したことを知っている人は少ないのではないでしょうか。

なぜなら、2日後の9月6日に震度7を記録した北海道胆振(いぶり)地震が発生したためです。この地震では死者43人、住宅被害約1万6000棟の被害となり、メディア報道はこの地震一色なったといっても過言ではありませんでした。そうです。またしても大阪は同じ年に2度目の「忘れられた被災地」になってしまいました。

これはあまり知られていないと思いますが、大阪北部地震での地震保険金支払い総額は、1995年の阪神淡路大震災を上回ったといいます。さらに2019年の今現在も屋根の修理ができずに屋根にブルーシートを張った状態で生活している人がいます。

長野県北部地震(長野県栄村など)

2011年3月11日、日本のみならず世界中が注目する未曾有の大災害が発生した直後にも甚大な被害をもたらす地震が発生したことを覚えていますか?東日本大震災発生翌日の3月12日、長野県栄村を震源とした震度6強の地震が発生しました。栄村は人口約2300人の村ですが、住宅被害は約700棟にのぼり、約1700人が避難所生活を送るという大きな被害を受けていました。

ところが、メディアの報道は一瞬で終わり、そのかわりに東日本大震災の状況は毎日のようにメディアを通じて世界中で見聞きすることになりました。2012年に当時の天皇陛下が栄村を訪れて被災者を励ましましたが、「栄村の地震」についてはほとんど報道されずに、しばらくたってから「忘れられた被災地」と呼ばれるようになったのです。

災害がおきるたび生まれる「忘れられた被災地」

私たちが住んでいる災害大国日本。東日本大震災のときも熊本地震のときも、その災害で被災した地域全体のなかでも必ずといっていいほど「忘れられた被災地」と呼ばれる地域がありましたし、それ以外災害においても「忘れられた被災地」は数多く存在しています。

東日本大震災で、私は宮城県南部の山元町で支援活動をしていました。当時の報道では、宮城県の被害といえば石巻市、気仙沼市という仙台よりも北の地域がほとんどで、仙台より南の仙南地域は報道されることは少なかったです。そして、仙南地域の報道に限って言えば「名取市閖上地区」が多く取り上げられ、福島県の県境の山元町はほとんど報道されませんでした。

そのため、メディア露出多いところは災害ボランティアも1000人/日とかいわれていましたが、山元町は200人程度でした。時間が経つと「忘れられた被災地山元町」などと報道されましたが、そのときには世間では風化が始まっており、大きな支援活動にはつながりませんでした。

災害が起きるたびに「被災地のことを忘れないでほしい」といわれます。そして、災害が起きるたびにどこかに「忘れられた被災地」が生まれています。

今年発生した災害の中でもいいので、「ここは忘れられた被災地かも」と思ったら、ぜひその地域を支援してください。

今年発生した災害では、被災した地元を復興させる支援活動のための基金が立ち上がっています。どこに寄付をするは自由ですが、「あ、ここも寄付集めているんだ」と気が付いたらぜひご寄付をお願いします。


【令和元年8月九州北部豪雨】関連基金
☆佐賀未来創造基金(佐賀県)
佐賀災害基金

【令和元年9月台風15号】関連基金
☆ちばのWA地域づくり基金(千葉県)
ちば台風15号支援基金

【令和元年9月台風19号】関連基金
☆地域創造基金さなぶり(宮城県)
台風19号・みやぎ水害支援プロジェクト

☆ふくしま100年基金(福島県)
ふくしま台風19号災害支援基金

☆茨城NPOセンター・コモンズ(茨城県)
ホープ基金

☆とちぎコミュニティ基金(栃木県)
がんばろう栃木!募金 -ボランティア10万人を支える募金-

☆長野県みらい基金(長野県)
長野県台風19号災害支援基金

【赤い羽根共同募金】関連
☆中央共募募金会
8月九州豪雨災害に伴うボランティア・NPO活動サポート募金(災害ボラサポ・8月九州豪雨)

台風15号災害に伴うボランティア・NPO活動サポート募金(災害ボラサポ・台風15号)

台風19号災害に伴うボランティア・NPO活動サポート募金(災害ボラサポ・台風19号)

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