熊本地震。最大震度7を観測した自然災害から、5年が経つ。

誰もが被災者で、平常心ではいられない時、多くの高齢者を抱える高齢者施設は、どのような状況だったのか。
熊本地震を経験し地域の高齢者と共に生きてきた、南阿蘇ケアサービスの松尾弥生副代表に話を聞いた。

スタッフと談笑する松尾弥生さん

職員もみな被災者、専門職ボランティアにSOS

――震災当時の状況を教えてください。

南阿蘇村で被害が大きかったのは、4月16日の午前1時半近くの本震でした。もしもの時に備えて前日から泊まっていたのですが、夜勤の職員たちが、泣きながら「どうしたらいいんですか」と指示を待っているという様子でした。まず各居室に行き、怪我がないことを確認し、余震が続く中、安全な場所に利用者の方を誘導しました。阿蘇大橋の落橋や俵山トンネルの崩落により、職員の3分の1が来れない状況でした。
すぐにSOSを出し介護看護ボランティアを要請したところ、東日本大震災の被災地支援の時に関わった方々など、実人数で300人のボランティアが集まってくれました。同時に、ボランティアコーディネーターが必要と思い探して、関西から経験者に来てもらえることになりました。電気が停まっていたため発電機と投光器、それから薬と食料を確保しました。

――松尾さんも職員の方も被災者で、想像できないくらい大変な状況だったと思います。

前震から、「まさかここで地震が起きるなんて」という気持ちでした。例えば、ヘルパーから、「心配だから地域の高齢者の様子を見てきたい」と意見が上がり、2人体制で派遣しましたが、もし事故に巻き込まれていたら大変なことになっていたかもしれない。何が正しいかは誰にも分からないけれど、選択しなければならない。常に何が最善か考え続ける日々でした。東日本大震災のボランティアの経験から、ボランティアの方の能力と、支援を必要としている場所のマッチングが大切だと感じ、みなみ阿蘇福祉救援ボランティアネットワークの立ち上げに協力しました。

スタッフの休息を重視

――数々の選択の中で、大切にされていたことを教えてください。

まず、職員を休ませること。東日本大地震の経験から、充分な休息の必要性を学んでいたので、ボランティアの方を含めて、3勤1休を徹底しました。もちろんその分職員の給与は保証しました。休みの日にはしっかり休んでもらい、ボランティアの方々には阿蘇のおいしいものなどを楽しんで思い出をつくって帰ってほしいとお願いしていました。介護する側も大切にされるべきだと、職員のストレス対策にも積極的に取り組みました。また、弊社の理念である「利用者を人生の先輩として常に敬愛いたします」に沿った決断、行動を心掛けていました。どんなに忙しい時でも職員と集まる時間を作り、理念とニーズに応えたいという思いを伝えていました。

震災後の日常を受け入れ、必要な事業を展開

――ニーズに合わせて多くの事業を行われていますよね。

震災当日から、避難先のない認知症高齢者を受け入れ始めました。リスクはもちろんあったけれど、それよりもニーズに応えたかった。ベッドに横になることすらできない状況にいる高齢者の方々をなんとかしたかった。その後、期間を定めて「福祉避難所」の指定を受けて、最終的に18人を受け入れました。受け入れを決めることができたのは、大勢のボランティアの方々が来て下さると分かったからです。
さらに、被災後、地域に対する愛着がより強くなる方も多く、生まれてから死ぬまで南阿蘇で暮らしたい方々のために、居宅介護支援事業所や小規模多機能ホームの開始、就労継続支援事業所「LABみなみ阿蘇」や計画相談支援センター「ケルン」の開設をしてきました。
震災を経て分かったのは、元に戻ろうとするのではく「これが日常である」と受け入れ、元に戻ることをあきらめることも大事だということ。余裕のない中で支えたとしても、利用者にとって良い環境とは言えない。限界を受け入れる勇気も必要だと気づきました。その中でどのように生きていくか、過去を受け入れつつ新たな一歩を踏み出すことに自分自身が支えられました。職員を災害ボランティアに派遣する時にも「その場所のふつうを目指してほしい」と伝えています。


私自身、テレビや新聞で熊本地震のニュースを見ることはたくさんあったが、生の声を聞くのは初めてだった。
話を聞いているだけで大変な状況が目に浮かんだ。中でも、「今、この場所のふつうを目指す」という言葉が心に残っている。
災害は「日常」を奪い、「ふつう」を変えてしまう。時が経って元の状況に戻ったとしても、記憶は消えることがない。
それでも、今できる最大限のふつうを目指して、支援を行ってきた。新型コロナウイルスの感染拡大を受けてふつうが変わってしまった今でも、出来る限り利用者の希望に沿った対応を行っているという。

そんな、ふつうを変えてしまった熊本地震を、ひとつひとつの災害を、私たちは忘れてはならない。

執筆:高松美希

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