<取材・執筆>木村 真裕美 <取材先>特定非営利活動法人School Voice Project 事務局長 武田 緑さん
私は数か月前まで小学校で担任として働いていた。学校の雰囲気が好きであり、教員同士で交わされる他愛もない会話が好きであり、何よりも子どもが大好きであった。
しかし、ある日突然学校に赴く足が重くなった。時間に追われて働く毎日を繰り返すうち、「行きたいけど、行きたくない」そんな矛盾した思いでいっぱいになった。結果として病休に入る事になり、そのまま退職した。
加速する教員不足
4月、職員室に空席があるまま新年度を迎える学校がある。教員不足で、本来必要な人員を確保できないまま学校が始まってしまうのである。それは子どもにとっても、教員にとっても辛い事だ。しかし、現代の教員が抱える負担の大きさ、責任の重さを考えれば、この仕事から人が離れていくのも当然なのかもしれない。私もそうだった。
子どもたちには笑顔溢れる学校生活を送ってほしい。それが一番だ。しかし、そのためには、まず教員が、学校で笑って働き続けられる事が必要なのだ。どうしたらそれが実現できるのか、教員であり続ける事ができなかった私だからこそ、真剣に向き合ってみたいと思った。
自分の学校だからこそ
私も勘違いしていたのだが、学校は教員の意見で変えていく事ができる場所である。もちろん制度や教育行政によって変わる事もあるが、学校経営も働き方もそれぞれの学校に一任されている事が多い。働きやすい環境は教員の手で作っていけるものなのだ。
しかし、一人の力で変えていくには学校は大きすぎる。心の中で「変えたいな」「これはおかしいな」とモヤモヤしていても、それを声にできない人も多い。ましてや、何かを変えられるほどの大きな声にしていくには、相応の努力と、勇気がいるのだ。
そんな中で私は一つの団体に出会った。そこには、自分のモヤモヤを安心して声に出せる場所があり、それを大切に聞いてくれる人々がいた。
NPO法人School Voice Project(以下SVP)は、「民主的でインクルーシブな学校」「子どもも大人も幸せな学校」が増える事を目指している。学校現場の声を可視化するWEBアンケートサイト『フキダシ』や、現場の声を社会に届けるWEBメディア『メガホン』を通して、教職員が、「自分の力で自分の職場を変えていける実感」を持てるよう、対話の文化を作る活動を精力的に行っている。また、フキダシやメガホンから集めた声をメディアや政治の現場に届ける政策提言も行っている。
さらに、教職員や、学校を応援したい人など、様々な立場の人が集まる『エンタク』は、同じ意識を持った人同士がオンラインで繋がれる会員制のコミュニティサイトである。Zoomを利用したり、実際にエンタクメンバーに会ったりして対話する活動や、宿泊対談など活動内容は豊富である。
「一体エンタクではどのような対話が生まれているのだろう。」 「もしかするとここに教員不足問題に対する一つの答えがあるのではないか…。」 そう考えた私は、思い切って自分でエンタクの輪の中に飛び込んでみる事にした。
相手を尊重した対話~仲間がここにはたくさんいる~
エンタクに入会し、7月に開催されるいくつかの活動に参加した。 月に一度行われている「はじめまして&あらためまして おしゃべり会」は、エンタクに新加入した人、久しぶりに参加する人、運営メンバーが交わって行われた。この日は自己紹介をしたり、お互いのモヤモヤについて話し合ったりした。一人ひとりのモヤモヤについてメンバーが全力で考え、話し合う様子はとても暖かいものだった。緊張していた私も、みんなに優しく声をかけてもらい楽しく参加できた。
七夕には「リアルイベントin東京 願いでつながる~これからの学校のあり方とは~」が開催された。メンバーや活動に興味を持った人たちと実際に会って話ができた。みんなでお菓子を持ち寄り、机を囲んで七夕に願い事を書き込んだ。これからの学校のあり方の事、将来なりたい姿、自分の夢や抱負を語り合った。
私は参加できなかったが、8月には北軽井沢にて「夏の対話合宿2024」が行われていた。オンラインが中心のエンタクだが、ここではエンタクメンバーが全国から集まり、焚火を囲みながらこれからの学校教育について語らう。年に一度の大きなイベントである。
「子どもも大人も幸せな学校」を目指して
SVPで理事、事務局長をしている武田緑さんに話をお聞きした。
――武田さんが考える学校現場の一番の課題は何でしょうか。
子どもたちの視点から見ると、学校が安心で安全な学びの場でなくなっている事です。現在、不登校は30万人を超えています。現場の教職員たちは一生懸命やっているのだけど、結果的にはSVPの理念「民主的でインクルーシブな学校」の逆になっている現状がある事です。
教職員サイドから見ると、職員に自分たちで学校を作っている感や、作っていける感が無い事です。本当は現状でも、働き方改革も含めて、現場発信でやれる部分はたくさんあると思いますが、自分たちで考えて判断して作ったり、作り変えたりしていく組織文化や、あり方が無くなっているのではないかと思います。これは先生たちが悪いという事ではなく、「つくり手感覚」を環境によって奪われているとも言えると思います。
――エンタクをどのように活用してほしいと思いますか。
教職員の方々が職場を変えていくための支えになるような活動になればいいなと思っています。職場で「なかなか上手くいかないな」「これでいいのかな」と困ったり、葛藤したりする人たちが多くいます。また、職場を変えていきたくてもいろいろな壁があって立ち尽くしてしまう人もいます。そんな人たちが「仲間がいるな」とホッと思えたり、相談して具体的なヒントをもらえたり、実践を行っている人たちの話から刺激を得て、チャレンジしやすくなったらいいなと思っています。
――教員が毎日笑顔で過ごすために必要な事は何だと思いますか。
「心身のゆとりを持つ」と同時に「やりたい事をやれる事」ではないでしょうか。教員は業務改善の必要性は感じている一方で、休み時間に子どもたちと遊ぶ事や、教材研究などには時間をかけたいと思っています。「こんな新しいチャレンジをしてみたい」とか「教室環境をこんなふうにしたい」と試行錯誤する事が楽しいわけですよね。また、そのような部分にやりがいを感じるものだと思うので「やりたい事をやれる事」は大事でしょう。あとは「良い人間関係」ですね!
取材を終えて
エンタクには、教員だけではなく、様々な立場から教員と子どもたちの事を想い、共に悩み解決しようと考えてくれる人々がいた。そんな人たちが、互いを尊重し、暖かいやり取りを交わす所を見てきた。私が学校にいた時も、そこで現状を変えようと頑張っている人たちがいた。大切なのは、その人たちだけに全てを任せるのではなく、肩を組んで一緒に学校改善への道を歩いていく事なのだろう。エンタクで行われているようなやり取りが当たり前に行える職員室を作る事、そのための時間の確保、職務の見直しが、今こそ必要なのではないだろうか。
教員を辞めた今、学校を中から変えていく人たちとともに、子どものため、未来のため、教員不足の問題をみんなが話し合うべき課題にしていきたいと私は思う。