<取材・執筆>Chisaki Nishimura   <取材先>立教大学大学院 教授 萩原 なつ子さん

2020年末、大手コンビニエンスストア・ファミリーマートの独自ブランド「お母さん食堂」が、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)だとして、名称変更を求める署名活動が行われ、賛否が巻き起こった。筆者も署名した一人だ。

問題提起したのは、ガールスカウト日本連盟のプログラムに参加した女子高校生。「『食事を作るのはお母さん』だけじゃない」と、日本全体のジェンダー意識に警鐘を唱えた。父親が食事を作る家庭や夫婦で家事を分担する家庭もある中、「お母さん食堂」は女性に対する偏見だけでなく、家庭に参入している男性に対する偏見にもつながる。

日本は、「男は仕事、女は家事」という「性別役割分担意識」の固定化が強い国だ。それは、職場環境にも影響している。筆者自身も、男性が育児休暇を取りづらい事例や、家庭優先を理由に女性既婚者の管理職が登用されないといった事実を、見聞きし経験している。
こうした性別による固定観念に邪魔され、男性は育児参入を、女性はキャリアアップを諦めてしまい、はじめからそれぞれの機会が失われているのが日本の現状だ。

しかし筆者は思う。「性別の意識をなくした時、本来ほとんどの事柄は性別に関係なく、誰もが取り組めるはずだ」と。性別による固定観念を取り払い、男らしさ・女らしさを越える「ジェンダーレスな働き方」ができれば、日本はもっと誰もが生きやすい社会に変わるのではないだろうか。

このような現状に対し「女性に優しい街づくり」や第5次男女共同参画基本計画の策定に携わっているのが、立教大学大学院教授の萩原なつ子さんである。今回は、日本における性別役割分担意識による諸課題、ジェンダーレスな働き方の重要さなどを萩原さんに伺った。

役割分担の性差が残る、「ジェンダー“不”平等」だらけの日本

萩原さんは、国立女性教育会館が実施した調査結果の事例を紹介。
「『なぜ女性の校長先生が少ないのか』という問いに対し、『だんしのほうがえらいから』と答えた小学一年生がいたという結果を見て、愕然としました」
低学年も含めた複数の子どもたちが「個々の能力の有無」でなく、生物学的性別の違いで役割が異なると思い込まされていることに、言葉を失ったと言う。
小学生の段階で「性別役割分担意識/アンコンシャス・バイアス」が根付いてしまうほど、日本はいまだに「ジェンダー“不”平等」なことが多い。
萩原さん曰く「教員や親、周囲の大人たちのジェンダー意識が子どもたちに反映される」として、あらゆる世代に対するジェンダー教育の重要性を強調している。

2020年度版「男女共同参画白書」によれば、男女の家事参入率が、未婚時は1:1であるのに対し、結婚すると女性は男性の約2.5倍に増加することが分かっている。
男性も、「男は家に帰らず働け」や「女性に家事や育児を任せると子どもにとって良い」などと言われ、企業側から家庭への参入を制限される事例は多い。これらは「ワンオペ育児」の要因にもつながっている。
このように、大人が「男は仕事、女は家事」という家庭環境を作ってしまうことで、子どもたちにも無意識に性別役割分担意識ができてしまう。

職場環境についても、男女格差があるのは明白だ。1985年に制定された「男女雇用均等法」により、日本女性は法制度的に社会進出の平等の機会を得た。しかし、いまだに日本女性の正規雇用の割合は50%以下(2019年時点)だ。8時間フルで労働できない女性をターゲットに「非正規雇用」が増加し、男女の賃金格差も非常に大きい。さらに、結婚や出産をした働く女性が昇進・昇給などの機会が難しくなる「マミートラック」などにより、女性の管理職登用率は10%にも満たない。
2020年は「新型コロナウイルス」による経済的打撃を受け、日本における若年女性やシングル・マザーの雇用形態・低所得問題が浮き彫りになった。昨年11月の女性自殺者は、前年同月比40%以上増加したと言う。

萩原さんは「男女ともに産休や育休を取得できる構造に改革することで、男女の賃金格差や昇進・昇給の格差も解消されやすくなります。それから『家事や育児を手伝う』のではなく当事者としての意識と責任を担うこと。なによりも男性に生活者として自立を促す幼少からの教育が重要です」と見解を示す。

意識改革のきっかけになるか?「男性の家庭進出」

一方、新型コロナの影響で、急速に働き方が変化し、テレワーク制度や休みやすい環境が確立された。明治安田生命の調査では、既婚男女における「子どもが欲しい」と回答した割合が、前年の21.3%から30.5%に上昇したというデータもあり、男性が育児に参加できる機会が増えたことが、理由の一つだと言う。
追い風を吹かせるかのように、政府は昨年12月から「男性の育児休暇取得の義務化」と「男性版の産前・産後休暇の新設」の検討を始めた。今回の法制化は、男女関係なく育休が取得できる環境が整っているにも関わらず、取得者が増えないという現状を打開するための一策と言える。
政府が進める法制度に加え、男女共に家庭生活と仕事を両立しやすい働き方に変革することは、性別役割分担意識をなくすだけでなく、明治安田生命の調査にあるように出生率の向上も見込めるかもしれない。

しかし一方で、企業の人材雇用における課題もある。萩原さんも「企業に対し経済的補填をプラスしたダブル補償をしなければ、人手不足に悩む中小零細企業は苦しくなる一方です」と強調する。制度を導入するだけにとどまらず、企業に対する経済的支援が必要になりそうだ。

「ジェンダーレス」な働き方は、全ての人を生きやすくする

「男は仕事、女は家事」という意識は根強く残っており、様々な場面で私たちを縛る。
思い返してみてほしい。気が付かないうちに性別による固定観念に影響されて、「しょうがない」と諦めていたり、「男(女)だから当たり前」と行動が制限されていたりするはずだ。
しかし世の中には、家事が得意な男性も、家事が苦手な女性も、お酒が飲めない男性も、バリバリ働きたい女性も、自分の氏(姓)を変えたい男性も、自分の氏(姓)を貫きたい女性もいる。

昨年、国際経済フォーラムで発表された男女の社会的・文化的な格差を示す「ジェンダー・ギャップ指数2020」における日本の順位は、153ヵ国中121位。過去最低の結果となった。また、「だれ一人取り残さない」持続可能な社会を目指す「SDGs(持続可能な開発目標)」の評価で、日本は166カ国中17位(2020年度)で、目標5「ジェンダー平等」が達成されていないことが指摘されている。
どちらも、意思決定過程への女性の参画が不十分であること、そして男女の賃金格差が改善されていないことが「女性の貧困化」の大きな要因だ。

萩原さんは「女性の抱えている課題は、男性にとっても生きやすくなるヒント。ジェンダー平等を考えた企業風土づくり、働き方改革を進めることは、『だれ一人取り残さない』政策となり、老若男女、障害者、LGBT全ての人が生きやすい社会につながる」と述べる。
冒頭で問題提起した「性別役割分担意識」をなくし、ジェンダーレスを意識して生活することは、結果として男性の家庭進出と、女性の政治的・経済的進出を促す有効な手段になる。
その結果、誰もが働きやすく、また生きやすい社会になるだろう。

まずは、「男らしさ」「女らしさ」という固定観念にとらわれず「一人の人間」として相手を尊重し、多様性を認めることが「ジェンダーレスな働き方」の一歩だと、筆者は考える。
そのために、一人一人が普段の生活に潜む偏見に意識を向けると共に、互いの価値観を認め合うことが、最も重要ではないだろうか。

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