<取材・執筆>和泉 ゆかり   <取材先>特定非営利活動法人 太陽の輪  代表理事 高橋 陽子さん

推定61万人以上。内閣府が2019年に発表した、自宅に半年以上閉じこもっている40歳〜64歳の人数だ。ひきこもりの期間は7年以上が半数を占め、15歳~39歳の推計54万1千人を上回っている。ひきこもりの長期化、高齢化が見てとれる。

そんなひきこもりに悩む人たちの最後の砦として、全国から相談者が集まるのが、特定非営利活動法人 「太陽の輪」。15年近く支援を続ける同法人の代表理事、高橋陽子さんに話を聞いた。

親亡き後、ひきこもりの子どもはどう生きていくのか

ひきこもりの原因になるのは、親の過干渉や無関心、子ども時代のいじめなどが多い。

中高年のひきこもりの人やその家族に差し迫るのが “8050問題”。80代の親が50代のひきこもりの人を支えることで起きる問題だ。

親が元気なうちはある程度安定した生活を送れるが、親亡き後はどうやって生きていくのか。兄弟姉妹にはそれぞれの人生があり、十分な支援を期待するのは難しい。

太陽の輪は、ファイナンシャルプランナーや行政書士、社会保険労務士などと連携し、就労支援など相談者一人ひとりをサポートしている。

「働ける可能性がある人には、就労に必要なトレーニングや勉強会を受けてもらう。パソコンの使い方や電話応対、女性ならメイクの仕方まで、社会に出るために必要なことを伝えている。

仕事探しの支援では、求人紹介を専門にしている人につなぐこともあれば、私が代表を務めており、清掃業を行う株式会社眞陽舎で働いてもらうこともある」

しかし、太陽の輪に相談に来る人がすべて働けるわけではない。特に中高年の人は働くのが難しいことがほとんど。つい先日も、80代の人が50代後半の息子のことで相談に来た。約40年間ひきこもっており、一度も働いた経験がないという。

「ひきこもり期間が長ければ長いほど、社会復帰は難しくなる。一度も働いた経験がない人材を雇う企業は多くない」

このような場合は、社会復帰ではなく、まず社会参加を目指すことから始める。

「社会参加には仲間意識を持つことがある。ひきこもりの人は好きな時間に起きて、好きなことだけをするなど自分中心の生活を送ってきた人が多い。しかし、社会に参加するということは、自分の行動に責任を持ち、他者と関わることが求められる。太陽の輪で仲間と一緒に何かをすることで、誰かが困っていたら手を差し伸べることを学んでいく」

子どもからのSOSに気づけない親たち

実際には太陽の輪のような支援団体に相談するなど、行動を起こす人はほんの一部に過ぎない。「世間体が気になる」「本人を刺激してしまう」といった理由で、誰にも相談できずにいる家族は多い。

ひきこもり期間が長くなった人の中には、親に対して暴言を吐く、家中のものを包丁で突き刺す、火を付けるなど、家庭内暴力に訴え始める人もいる。

「娘が家に火をつけようとしているんです。どうすればよいでしょうか」

こういった電話が高橋さんのもとに、たびたびかかってくる。このときは警察に通報するよう伝えたが、そのときは通報しなかったそうだ。次に車を壊されたときは警察を呼ばざるを得なかった。

「警察を呼んでくれて、ありがとう」

娘は親に涙を流しながら、こう話した。

ひきこもりの人が手を上げることはSOSを出したいサインであることが多い。しかし、それに気づけない親は少なくない。中には、我慢が限界に達し、逆に子どもに危害を加えてしまうケースもある。

「加害者の親になりますか、被害者の親になりますか」

子どもと親、お互いの命を守るためにも、子どもからのSOSに気づくことが大切だと高橋さんは言う。それも1日でも早く、だ。

ひきこもりの人には「家以外の居場所」が必要

実は、高橋さんの息子も元ひきこもり。原因は学校でのいじめだった。目が見えなかったことで、いじめの標的になった。勉強も仕事もせずにゲームに過度に依存する息子に包丁を向けてしまったこともある。ある日、とうとう息子の首根っこを掴んで、部屋から引きずり出した。

「お母さんが僕に対してこんなことをする権利ってあるの?」

「あるよ、だって命懸けで産んだんだもん。今のままじゃ辛いでしょ?一緒に死のう」

「自分が悪いのはわかっている。でも僕には居場所がないんだ。助けてほしい」

泣きながら話すそう息子を見て、「この子が一番辛いんだ」とやっと気がついた。

その後、息子はたくさんの人たちに支えられ、自立を目指した。その間、高橋さんは口出しすることなく、家で美味しいご飯を作って待つことに徹した。息子には “家以外の居場所” が必要だと悟ったのだ。

時間はかかったが、息子はひきこもりを卒業。そして高橋さんは息子と同様にひきこもりで悩む人や家族の支援を始めた。太陽の輪は、ひきこもりで悩む人たちの “家以外の居場所” になるようにしている。今では息子も太陽の輪の活動に携わる。

「恩返しをしたい。息子がここまで来られたのは、支えてくれた人たちのおかげ。みんなが仲間になって、息子を応援してくれたから」

さらに高橋さんはこう続ける。

「家族は子どもの支援をしすぎてはいけない。家族だからこそ、お互いに言えないことや見えないことがある。耳が痛いことでも、遠慮せずに伝えてくれる第三者の存在が必要だ。それが本人や家族のためでもあるし、本人が望んでいることでもある。彼ら彼女らにとっての第三の風、それが太陽の輪だ」

今後、中高年のひきこもり問題はより深刻化する

中高年のひきこもり問題について、高橋さんは次のように考えている。

「今後、問題はますます深刻化していくと予想する。コロナ禍で外出を自粛しなければならない環境は、ひきこもりの人にとって居心地がいい。また、親と共依存の関係が深まりやすく、ひきこもりからますます抜け出すことが難しくなってしまいやすい。

テレワークでは従業員を十分にサポートできる体制が整っていない企業も多く、自立の道を歩み始めた人が職に就くことが厳しくなっている」

どのような状況になっても相談者に合った支援を届けられるよう、太陽の輪では “ひきこもり支援相談士講座” を開講したり、随時セミナーを開催したりしている。また、中高年のひきこもり支援を強化するよう、行政にも訴え続けている。

過去は変えられないけれど、未来は変えることができる

ひきこもりに悩んでいる人やその家族へ、高橋さんは次のメッセージを発信し続けている。

「自立には、親の理解と協力が必要だ。ただ、親の思い通りに子どもを動かそうとするのではなく、 “親は親、子は子” という意識を持ち、お互いに尊重し合うことが大切。道がわからず、迷ったときは相談してほしい。

反省しても、後悔はしないこと。過去は変えられないけれど、未来は変えることができるから」

取材後記

子どもからの家庭内暴力に悩んだ親が手を挙げたというニュースを見るたびに「どうしてもっと早く周りに相談しなかったのだろう」と思っていた。今回話を聞いたことで、追い詰められる子どもと親の葛藤や問題の複雑さを少しだけだが理解できたような気がする。 数多くの深刻な問題に向き合いながらも、みんなのお母さんとして、太陽のようにいつも相談者の味方でいてくれる高橋さん。複雑化したこの問題に太陽の輪が広がっていくことを信じている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。