<取材・執筆>奥山 由希子  <取材先>セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 田代 光恵さん 松山 晶さん

2020年以降続くコロナ禍は、もともと経済的に弱い立場にあった人に深刻な打撃を与えた。特に、サービス産業において非正規雇用で働いていた人に対する影響は甚大と指摘されるが、調査や報道の対象は基本的におとなであり、その周辺にいる子どもたちの実態を知る機会は意外と少ない。

今年(2021年)10月、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(以下、セーブ・ザ・チルドレン)が発表した「コロナ×子どものまなぶ権利とおかね」ヒアリング報告書は、コロナ禍に伴う変化が子どもたちの教育に与えた影響について、当事者である子どもたち自身の声・意見がそのまま報告されている点で他と一線を画す。今回、報告書を取りまとめた同・国内事業部の田代光恵さんと松山晶さんに話を聞いた。

左:田代光恵さん、右:松山晶さん

まなぶ権利の阻害が生む「悪循環」への懸念

報告書は、2021年4月から7月にかけて行われた1都8県(岩手、宮城、長野、埼玉、東京、千葉、神奈川、岐阜、岡山)の中学生・高校生世代の子ども606人へのアンケートと9人への対面インタビューからまとめられている。

「学校にかかるお金で困っている人がいると感じることがあるか」という質問に対して、6割の子どもが「ある」と答え、特に首都圏(1都3県)では76%、実に4人中3人が「ある」と回答している。

「困っている子どもが一定数いることは分かっていましたが、子どもたち自身が感じている割合は想定以上だった」と田代さんは言う。


セーブ・ザ・チルドレン「コロナ×子どものまなぶ権利とおかね」ヒアリング報告書より抜粋

教育にかかるお金というとまず授業料が思い浮かぶ。授業料無償化の政策が進む中で問題は解決の方向に向かっているのではないか、と思う読者もいるかもしれない。

しかし、文部科学省の調査(※1)によると、公立の高等学校に通う子ども一人にかかる年間教育費は約46万円、うち授業料が占める割合は約2.5万円で全体の5.5%に過ぎない。私立高校の場合、授業料の割合は大幅に上がるがそれでも約23.7%(年間支出約100万円に対して授業料約23万円)。つまり子どもの教育に必要なお金は授業料以外にもたくさんあることに目を向けなければ、子どもの「困っている状況」が見えてこないことが分かる。

(※1) 文部科学省 平成30年度子供の学習費調査

今回の報告書でも、制服や部活動用品の購入が困難、オンライン学習や塾等で学べない、といった声は多く、学校にかかるお金の影響を感じている子どものうち、「進学先を諦めたり、変えたりしないといけない」という回答も5割を超えた。


セーブ・ザ・チルドレン「コロナ×子どものまなぶ権利とおかね」ヒアリング報告書より抜粋

さらに、「子どもの経済的な状況が学習の理解度に及んでいることがとても気がかかりだ」と松山さんは指摘する。

コロナ以前と比べて、経済的な理由によって学校で学んでいることが分からない、難しいと感じることが増えたか、という質問に対し、3人に1人が「増えた」と回答。

セーブ・ザ・チルドレン「コロナ×子どものまなぶ権利とおかね」ヒアリング報告書より抜粋

オンライン学習に必要な環境(パソコンやネット環境だけでなく、自宅内の部屋や机など物理的環境を含む)がないことでオンライン授業が受けられず、ネットを利用した自主学習の機会も制限される。

「分からない」が「やる気が出ない」になり、やがて「勉強嫌い」「学校嫌い」につながりかねない。家庭の経済格差と子どもの学習理解の差が比例する状況が、このコロナ禍を経てさらに進んでいくことを、どこかで食い止めなくてはならない。

「学校にお金がかかりすぎる」子どもたちの率直な意見

こうした状況を打開するにはどうしたらいいと思うか。報告書ではその改善策に関する子どもたちの意見も掲載されている。

「多くの子どもたちは、学校が決め、学校が進めていることについて個人に負担させるのは変だ、と思っています。アンケートでも『学校に必要な教材は学校が用意してほしい』という回答は、すべての学年で50%以上ありました」と松山さん。

対面のヒアリングでも、コートや通学バックまで指定する必要が本当にあるのか、安く買う手段が他にあるにもかかわらず学校で購入しないといけないのはなぜか、部活で必要な道具を指定の店で買い直さないといけないのはなぜか、といったどれも「当たり前の疑問」が数多く出たという。

田代さんは、「子どもたちはすべてをタダにしてほしいと言っているわけではありません。自分たちが教育を受けるのにお金がかかりすぎる点に疑問を投げかけているのです」と話す。

セーブ・ザ・チルドレン「コロナ×子どものまなぶ権利とおかね」ヒアリング報告書より抜粋

また、高校を卒業しなければ就職も困難な世の中で、高校が義務教育ではないことへの率直な疑問もあった。さらに、授業料免除や奨学金の制度についても、一度は自己負担して数か月後に戻ってくる現在の仕組みでは最初の支払い分の用意が難しい現実を知ってほしいという声も上がっている。

「実はここまで具体的な話が出るとは思っていなかった」と田代さん。「子どもたちは、おとなが思っている以上に柔軟で、お金の問題についても意見を持っている。しかし、今はその意見を安心して言える場も機会も極めて少ないのが現実」と話す。

子どもたちと共に考える「広義」の教育無償化に向けて

セーブ・ザ・チルドレンは今回の報告書と同時に、「すべての子どもを対象に、広義の教育の無償化を求める提言書」を公表している。

「国連・子どもの権利条約第28条では、こどもの『まなぶ権利』を保障し、締約国に平等な機会に基づきこの権利を達成するための取り組みを求めています。日本では、就学支援制度はイコール授業料の免除・補助という考え方がまだ主流です。今回の調査で改めて浮き彫りになった授業料以外の費用、すなわち教材費や制服代、部活費用なども含めた『広義の無償化』に向けたロードマップの検討・策定をこれから求めていきます」(田代さん)。

「そして、ロードマップを検討するにあたっては、子どもたちの意見を聴いて、共に検討してもらいたいと提言しています。おとなの場合は選挙制度があり、意見を発信する数々の手段がありますが、子どもにはそれがありません。国や自治体の政策はもちろん、学校単位の議論でさえ、子どもたち自身に意見を求められることは極めて少なく、決められたことに対するフォローアップの機会もありません。国連・子どもの権利条約第12条では、『意見表明権』、つまり子どもに関わることは子どもが自由に見解を表明する権利を保障しています」(松山さん)。

セーブ・ザ・チルドレンでは、今後、政府の補正予算成立を前に、文部科学省などの関係省庁、議員への働きかけや、自治体に対する働きかけを継続する。

社会の分断と格差拡大が懸念される中、子どもの「まなぶ権利」を守るということは、子どもたちだけの問題にとどまらず、国の将来に関わる。

教育にかかるお金の問題と子どもたちの実態を知り、そして、当事者たる子どもたち自身の声に耳を傾けることの必要性を今回の報告書を通じて一人でも多くの人に感じてもらえればと思う。

また、解決すべきことの中には、制服や教材、部活動費用など保護者からの働きかけによって学校単位で見直せるものもあるかもしれない。もしかかわりを持つ機会があれば、その時には子どもたちの意見にもぜひ耳を傾けていただければ幸いである。

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン ホームページ https://www.savechildren.or.jp

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「コロナ×子どものまなぶ権利とお金」ヒアリング結果報告 https://www.savechildren.or.jp/scjcms/sc_activity.php?d=3701

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