<取材・執筆>渡辺 有紀 <取材先>特定非営利活動法人いちごの会 リカバリハウスいちご尼崎 管理者 武輪真吾さん
依存症と聞いて、多くの人が持つ印象はどのようなものでしょう。なんだか怖い、その人が弱いから自己責任なのでは、という声をよく耳にします。そうした見方が少しでも軽減され、正しい依存症の理解が広がるようにと、さまざまな支援団体が活動しています。依存症支援の現状や課題について話を聞くため、関西に拠点をおく特定非営利活動法人いちごの会を訪ねました。
依存症回復施設について
兵庫県尼崎市にある阪神電車「出屋敷駅」を降り、徒歩数分の住宅地に、特定非営利活動法人いちごの会が運営するリカバリハウスいちご尼崎があります。平屋と2階建てのたてものの2棟。取材時も活動中の利用者の姿が見られました。
リカバリハウスいちご尼崎の開設は6年前で、就労継続支援B型、生活訓練など、障害福祉サービスの通所事業を中心に活動する依存症の回復施設です。法人としては、グループホーム、相談支援事業もあり、アルコール依存症に限定せず、その他の依存症や関連問題を抱える人たちが利用しています。
個別援助と並行し積極的に取り組んでいるのが、依存症の正しい理解が広がるようにとおこなう啓発活動です。
回復施設が設立されるまで
今年で法人設立22年となるいちごの会。リカバリハウスいちご尼崎の管理者で精神保健福祉士の武輪真吾さんに、いちごの会の成り立ちをうかがいました。
大阪に、国内で初めて、アルコール依存症の専門診療所を始めた医療機関がありました。そこで開院当初からソーシャルワーカーとして働いていた佐古恵利子さんが、相談者と向き合いながら回復施設の必要性を感じたことがきっかけだそうです。
断酒し社会参加が叶ったとしても、生活のリハビリテーションの機会がないことで再飲酒につながり、結果再発し亡くなる方がとても多かったそう。当時、医療機関と断酒会などの自助グループはありましたが、中間的存在である回復施設はほとんどありませんでした。1999年、そんな現場関係者の思いのもと、大阪市東住吉区に、「いちご作業所」が設立されました。佐古さんは設立時から所長として活躍し、現在は特定非営利活動法人いちごの会の常任理事をされています。
福祉・医療関係者への啓発を重視する理由
リカバリハウスいちご尼崎の啓発の取り組みについて話を聞くなか、武輪さんが特に強調されたのは、支援者に向けてのものでした。
取り組みのひとつに、尼崎市を中心としたアルコール関連問題支援ネットワーク「あまがさき飲酒と健康を考える会」があります。架空事例を通して意見交換をおこなう年4回の定例会、依存症の正しい理解を広げるための市民セミナーを開催しています。
「考える会」の発足は2018年。2014年にアルコール健康障害対策基本法が施行され、保健所や断酒会、回復施設が連携して動きやすい環境ができていました。しかし、武輪さんは、そうした関係機関の支援者にアルコール依存症や回復施設のことがあまり知られておらず、依存症の人たちに出会っても適切に対応できないことがあるようだと気づきます。
依存症は、生活困窮やDV・虐待などとも結びついていることが多く、依存症からの回復に取り組まないと他の問題が解決できないこともあるし、逆もあります。適切な機関につなぐ判断をしてもらえるよう、支援者に回復施設の役割や依存症の理解を深めてもらいたいと、武輪さんは感じました。
そうした状況を受け、いちご尼崎、保健所、断酒会、医療機関などで集まり、地域の支援力をどうあげていくかを検討。準備会を経て「あまがさき飲酒と健康を考える会」は発足しました。
「考える会」の取り組みのひとつに「架空事例を通した意見交換」があります。そこでは、回復施設であるリカバリハウスいちご尼崎と保健所疾病対策課が担い、依存症当事者や家族と地域支援者が集まり、各支援機関が抱えている架空事例をもとに小グループで話し合っています。
依存症の問題は、アルコール依存症に特化した専門職がおこなう特別なものという見方があったようです。しかし実際には、自宅で暮らす依存症の人たちと最も頻繁に関わるのは、生活保護ケースワーカーや訪問介護事業者など地域の支援者です。そのため、彼らが経験したことを取り上げ話し合う「事例の共有」の積み重ねが、依存症の理解を深めるために必要でした。
「考える会」の定例会は100名を超える回もあり、行政・医療関係者、当事者、弁護士、家族など参加者は多岐にわたります。「依存症支援は、ひとつの機関で完結するものではないので、地域社会での支援ネットワークづくりが大切」と武輪さんは言います。「考える会」が発足して以来、地道な取り組みの継続で、支援者間でのネットワークと依存症への理解は広がりつつあります。
いちごの会と地域の関わり
福祉・医療関係者以外との関わりはどうでしょうか。
いちごの会は、大阪市内にある高齢者の介護施設から業務委託を受け、食器洗浄や衣類クリーニングの仕事を請け負っています。施設内の喫茶ボランティアとして利用者が活動するところから始まり、「しっかり仕事をしてくれるから、いちごに頼んだらいい」と仕事ぶりが評価され、業務委託へと広がっていったそうです。
かつていちごの会の利用者だった渡邊洋次郎さん。今はグループホームいちごの介護福祉士として勤務されています。喫茶ボランティアをしていた頃について「いろんな人がいるなと思った。そうやって人と出会い関わる機会がなかった。いちごの活動を通して少しずつ社会に参加していけるという感じがあった」と話してくれました。
ボランティアから始まったこともあってか、高齢者施設の人たちは、目の前にいる利用者ひとりひとりの「その人」を見てくれると感じたそうです。この高齢者施設では依存症を抱えた方の活動ということを伝えていたそうですが、他の場所では状況を見て、依存症と伝えずに業務につくこともあるといいます。地域で受け入れられる場所があり、依存症というフィルターなしにひとりの人としていられることの大切さを、改めて感じます。
依存症と認めたあとの環境について
現在は、自身でも大学などさまざまな場所で体験談を話されている渡邊さん。依存症についての社会の課題を聞いたところ「本人も親も、個人として見られず、本人のおこないは親のせいにされ、親も全部背負い込み親子で追い詰められる」という返答がありました。
渡邊さんは「アメリカオハイオ州の大学では、学内で依存症のミーティングが行われていた。参加メンバーはとても若かった」ことを話してくれました。高校生や大学生もいて、学内でミーティングをして、そのあと大学の講義に出て……というオープンな環境があったそうです。
「日本はどうかというと、学生の飲酒や薬物使用に対して、退学や罰則という対応が主でしょう。どう回復させるかという視点や、そのために支援をするという視点は、ほとんどないのでは」と渡邊さんは言います。
最後に
依存症について、当事者や支援現場の声は貴重です。社会とのつながりなしに断酒回復していくことは難しいこと。回復施設の必要性と、関係者に依存症を理解してもらうことの大切さを改めて知ることができました。地域の支援力を高めるための啓発活動は、回復しやすい社会をつくっていくというその先につながるものです。
いちごの会には、断酒に向かう活力を支える場・活動があります。でも、日本には、依存症をカミングアウトしても生きられる環境はまだまだ少ないと思います。今回の取材で、本人・家族が依存症をカミングアウトしたあと、抱え込むことなく周囲に受け入れられ支えられる環境になっていくことを願わずにいられません。