<取材・執筆>Shiraogawa Haruna  <取材先>特定非営利活動法人タートル 理事長 重田 雅敏さん

「急激なテレワークの導入に、視覚障害者に対応するアクセシビリティが追い付かず、在宅勤務ができないケースを多く聞く」「通勤の困難さから解放された反面、視覚による状況確認が難しく困ったときに職場では助けてもらえたが、在宅勤務では助けてくれる人がいない」――。コロナ禍によるテレワーク普及やデジタル化などで、働き手を取り巻く環境が大きく変わる中、大きな影響を受けているのが、視覚障害のある人たちです。

冒頭の声は、視覚障害者が働くことを支援している特定非営利活動法人タートル(東京都)の重田雅敏理事長(69)の声です。同団体の活動主体は、職場で困難に立ち向かってきた弱視・全盲の人たち。当事者としての経験を生かしながら、視覚障害者のサポートに努めています。

1995年発足のタートルの会員は、視覚障害の当事者を中心に、2022年5月現在約350人。日本視覚障害者職能開発センター(新宿区)の厚意により同センターを拠点に活動し、全国から視覚障害のある人の就労に関する相談を受け、スキルや見え方に応じてアドバイスするほか、各地の訓練施設や障害者職業センターなどの関係機関につなげています。パソコンやスマホを積極的に使いながら、広報、交流、相談、経験の蓄積などの活動をしています。

視覚障害者向けのパソコンの機能を実演する重田理事長

全国から寄せられる相談に対応

電話やインターネットなどを通じた相談は全国から寄せられ、2021年の件数は約700件に上りました。多くは進行性の眼疾患に伴う視力低下、仕事の継続についての相談でしたが、近年は職場のICT環境の進歩や変化が著しいため、ICTに関する相談が増加。視覚障害者向けに作られた情報機器の操作方法や、職場の情報システムと視覚障害者独自のパソコン環境を適応させる方法などが、多く聞かれるそうです。

社員が固定された座席を持たず、仕事内容に合わせて就労場所を選択できる「フリーアドレス」に戸惑う人も。視覚に障害がある人は、独力で探す作業と確認ができないため、周囲の視覚的な援助が必要不可欠です。フリーアドレスだと誰がどこにいるのか分からなくなり、「目を借りる」ために聞くことができません。

重田理事長によると、特にコロナ禍以降は、在宅勤務環境の整備が置き去りにされて、できる仕事がなくなって自宅待機を余儀なくされる人が多くいるといいます。慣れないテレワークも、周囲に聞ける人がおらず困難が多いそうです。コロナの影響のためか、精神的に落ち込む人も増えたように感じると仰っていました。

このほか、交流活動として、誰でも気軽に参加できるタートルサロン、悩みや課題ごとに話題を絞ったテーマ別サロン、ICT関連の話題に特化したサロン、女性同士で気軽に話せる女子会、働くための経験や知識を学ぶスキルアップ勉強会などがあります。コロナ禍により会議室に集まることはできていませんが、Zoomの利用が進み、地方から参加しやすくなりました。また従来から、広報誌の発行やホームページによる発信、講演会、眼科医を交えた相談会、個人情報に配慮した上で就労事例集や相談記録のとりまとめなどもしています。

2021年には「タートルICTサポートプロジェクト」を立ち上げ、視覚に障害があっても当たり前に働けるICT環境づくりを進めています。ポータルサイトの公開、サロンの開催、グループメールの運営を軸に活動。就労におけるICT分野での情報ハブとなり、当事者はもちろん、支援団体、企業人事担当、システム管理・開発関係者との連携を深めることで、視覚障害当事者のICTスキルの向上と、全ての視覚障害者がアクセス可能なICT環境づくりを目指しています。

視覚障害者を助ける技術と実態

色の反転機能

視覚障害者がICT機器を使うためによく活用されているのが、画面上の文章を読み上げたり、キーボードのみで操作したりできるようにする「スクリーンリーダー」です。弱視の人の見え方を楽にする文字拡大や白黒反転の機能も、広く使われています。多くの人は、異なる企業が開発したソフトを独自に組み合わせたり、ICT環境に合わせて選んだりします。スクリーンリーダーを起動させると、パソコンの処理速度が遅くなるケースがあり、仕事に支障をきたすことも少なくありません。

このような実態を把握しようと、タートルでは調査を積極的に実施しています。2020年12月~2021年1月にかけて行った実態調査では、職場でのICTの困りごとについて、様々な職種の視覚障害者の人たちから106件の回答を得て分析しました。うち84.6%の人が、「業務で使うシステムの多様化」「身近に相談できる人がいない」などの課題を抱えていることが表面化。「欲しい情報」の最多は「ICTの機能・活用事例」で、これはスマホを含めた各種の機器相談やPDFファイルの読み方など、現実の幅広い悩みを反映しているそうです。他に、スクリーンリーダー、業務システム、Officeの操作情報などに関する情報に需要があることも浮かび上がりました。

*調査結果報告:http://www.turtle.gr.jp/ict/report/193/

さらに、2021年11月~12月末には、ウェブを通じて、「第1回スクリーンリーダー・拡大機能利用のウィンドウズパソコン環境実態調査」を実施。スクリーンリーダーや拡大機能を使用する場合、通常より高いスペックのパソコンが必要とされますが、実際にどのくらいのスペックのパソコンが使用されているのか、そして快適度について調べました。

Windows10環境でスクリーンリーダーを利用する場合は、最低限メモリは8GB以上、ストレージはSSDが望まれることなどが分かったそうです。

点字付きのキーボードを操り、スクリーンリーダーを立ち上げる

重田理事長が見据える今後の展望

重田理事長は、「画面を読み上げるスクリーンリーダーが開発されたことで、視覚障害者だけにしか通用しない点字ではなく、一般の人と同じ文字を使用できるようになったことは、事務職として働く上で画期的なことだった。近年はZoomのおかげで、外出せずとも会議や情報交換ができるようになったこともありがたい」と言います。一方で、「急速なICTの発達に適応するためのアクセシビリティの開発が追い付いておらず、視覚障害者の働く環境が技術の進歩から取り残されている状況に不安を感じている」とも。

「職場内でできる仕事がなくならないように、ICTを開発する企業や研究者にも課題や要望を伝えていきたい。最近は、情報技術に何とか遅れまいとスマホを使う視覚障害者も増えてきた。画像や動画は読み上げないため、一部しか使えないが、目の代わりに説明をしてくれるAIがもっと進歩すれば生活も職域ももっと広がると思う」と今後の展望を語りました。

取材を終えて考えたこと

視覚障害のある人がパソコンやスマホを駆使して、活動を進めておられるのが印象的でした。ICTがコミュニケーションや就労に役立ち可能性を広げる一方で、多様な人のアクセシビリティを確保することが必要だと思いました。また、私自身は障害のある人に対して十分な配慮ができていたのか、振り返るきっかけになりました。障害のある人の現実を少しでも知ることで、誰にとっても住みやすい社会づくりにつながればと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。