<執筆>安岡 和由  <セミナー>GID Link 人権研修「多様な性〜性別不合・性別違和について〜」&公益財団法人福岡県人権啓発情報センター(ヒューマン・アルカディア) 県民講座「被災地のLGBTQ+支援」

1.災害時のセクシャルマイノリティ

2022年10月22日に福岡県春日市のクローバープラザで、セクシャルマイノリティについて学ぶ人権研修と県民講座が開催された。
人権研修は、「GID Link」(ジーアイディーリンク)[1]の主催で、福岡県人権に関わる啓発研修講師団講師でもある代表の椎太信(しいた・のぶ)さんと副代表の有藤里(ありとう・みり)さんが講師を務めた。GID Linkは、「性別違和を抱える方やセクシャルマイノリティの方が、差別や偏見なく自分らしく当たり前に暮らせる社会の実現を目指す」サポート団体で、2016年に設立された。講演活動や相談受付、当事者の就労支援、その他関係団体の紹介といった活動を行っている。
県民講座は福岡県人権啓発情報センターが主催。東北大学災害科学国際研究所助教の北村美和子さんと、ロンドン大学リスク・防災研究所修士課程のエレン・ピアス・デイビーズさんが講師を務めた。2人は、災害時にセクシャルマイノリティの方が直面する困難を解消するために研究を進めている。

筆者は、GID Linkのイベント告知画像に「避難所へ行くより『自宅で死を選んだ方がマシ』と語るセクシャルマイノリティの人々」と書かれていたのを見て衝撃を受けた。筆者は普段、大学のゼミで地域の防災活動に取り組んでいる。非常時にセクシャルマイノリティの人々が直面する困難について学び、活動に生かしたいと思ったため、本イベントに参加した。

2.選挙にも影響 トランス男性が語る当事者の苦悩

人権研修の1人目の講師・椎太さんはトランス男性[2]である。性別違和を抱える当事者の苦悩について、自身の経験も交えて語った。

会場の様子

まず、生活上の性(自認している性)と戸籍上の性の不一致により生じる困難である。筆者にとっては選挙の話が印象的だった。自治体によるが、投票はがきには性別欄がある。戸籍の性別と住民票の性別は同じなので、投票はがきにも戸籍上の性が印字される。また、投票所の事務はその周辺の住民も担うことになる。そのため、当事者が戸籍の性別を変えないまま投票所に行く場合、近所の人に噂されてしまう恐れがある。当事者に子どもがいれば、子どもへの影響を考えて投票をためらう場合もあるそうだ。選挙は、よりよい生き方を実現するために意思表示をする重要な機会であるはずだ。それが奪われることのないように改善していかなければならないと感じた。

次に、当事者が医療的な支援を受けるまでの困難についても説明した。
生まれた時に決められた性別に対する違和感を持つ人たちは、歴史的な差別や無理解から、以前は世界保健機関(WHO)でも「性同一性障害」という名前で「精神及び行動の障害」として分類されていた。しかし、2018年6月の最新版では「性別不合」[3]という名前に変更され、「精神及び行動の障害」の分類から外された。ただ、疾患ではないとしながらも、当事者の法的な性別変更や改名、呼称、保険適用の条件や、不可逆的医療(もとに戻るのが不可能なこと)を行う前提として、精神科の診断が必要となる。
椎太さんは、まずは当事者団体へ相談をする、もしくは専門医にかかることを勧めている。「受診については、賛否両論様々な意見があることは承知しています。残念ながら一部で性別違和に理解のない医師もいるため注意は必要です。しかし、リスク回避のためにも一度受診してみることを個人的には勧めています」と述べた。
例えば、思春期の当事者は第二次性徴を迎え、体が望まない性へと変化していき、自殺願望や鬱につながる恐れがある。椎太さんは、それを予防・治療するために医療的な支援は有効だと述べる。
また、身体的、精神的治療を前提としないトランスジェンダーの方で特に困っていない場合は、病院に行く必要はないと述べた。

そして、当事者のライフステージごとに直面する困難も話した。
例えば、就職活動をする際に用いる履歴書には学歴を書く欄がある。椎太さんは女子高出身であるため、自認する性で生きていくためには事情を説明しなければならない。事情を隠して就職しても、自分らしく生きられないことに大きな苦痛を感じることになる。周囲から仕事ぶりを評価されるようになっても、どこからか椎太さんの性自認に関する偏見に満ちた噂が広がり、失職につながった経験が何度もあるそうだ。
壮年期の当事者であれば、若いときに人生を楽しめず、このまま年を取っていくことに苦痛を感じ、我慢の限界となり、鬱などを発症するケースも少なくないそうだ。椎太さんは「学校生活、仕事、みんなが当たり前にしていることでも、当事者にとっては苦痛も多いです」と繰り返し述べていた。

3.セクシャルマイノリティの人が生きやすい社会の実現に向けて

有藤さんは、GID Linkの活動を通して、多くの当事者が我慢し、苦しんでいることを知ったと語る。そこで、有藤さんは「当事者には、当事者の子をもつ親の気持ちを」「当事者の親には当事者の気持ちを」「マジョリティにはマイノリティの気持ちを」通訳することを大切にしている。
例えば、当事者の親が「ちゃんと生んであげられなくてごめん」「育て方を間違えた」と思っていると、それを受けて当事者は「生まれてきてごめん」「生まれてこなければよかった」と自分を責めがちだが、親にはその意図はない。また、親が当事者に寄り添いたくていろいろ問いかけても、当事者は「親なんだからこれくらい説明しなくてもわかるはず」とはっきり説明せず、親はわかったふりをしていても本当はわかっていないこともある。当事者の両親が、子どもの生き方に関する考え方で対立して離婚につながることもあり、その場合当事者はさらに罪悪感をおぼえることになる。

当事者とその周囲の人をつなげることの重要性がわかる。それを目指して、GID Linkは講演会や交流会などの活動に取り組んでいるのだ。

人権研修の最後に、参加者に覚えておいてほしいこととして「アウティングしない」「カミングアウトさせない」の2つが挙げられた。「当事者探し」をして、本人の意思を無視してカミングアウトさせたり、本人の許可なく第3者に話すこと周囲に広めること(アウティング)をしたりしてはいけない。当事者がいつでも相談できるような環境をつくることが大切だ。
また、椎太さんは、当事者を「理解しなければならない」と思うのではなく、まずは「否定しない」ことを大切にしてほしいと話した。自分が経験したことがないことを、話を聞いただけで理解するのは難しい。だからこそ、「否定しない」という姿勢が重要だ。

4.避難所に「行けない」LGBTQ+の人たち

日本では、災害時のLGBTQ+[4]当事者に関する研究がまだあまり進んでいない。そんななか、北村さんとエレンさんは、災害時のLGBTQ+当事者が直面する困難を解消することを目的に、GID Linkを通じて当事者やサポート団体、行政に対して調査を行ってきた。

北村さん(左)とエレンさん(右)

当事者が避難所で直面する困難について、以下のようなことが挙げられる。
同性のパートナーがいる場合、法律婚ができないため、安否確認や家族としての扱いが難しい。トランスジェンダーの方の場合、トイレや、生理用品・下着・髭剃り等の物資のような、男女別で想定されているものへのアクセスが難しい。また、差別等を受ける恐れがあるため、ホルモン治療を受けるための医療機関等に関する情報を得たり人に相談したりすることも難しく、治療を中断してしまい、健康状態が悪くなり、生死に関わる問題に発展する場合もある。
避難所では、近隣住民が協力して生活する。そのため、避難所でアウティングされ、今後その地域に住み続けられなくなったり、職を失ったりするのではないかと不安を抱く。被災者のための支援体制が存在しても、LGBTQ+当事者がそれにアクセスできるとは限らないのだ。その結果、冒頭で紹介した「避難所へ行くより『自宅で死を選んだ方がマシ』」という考えに至る。

現在、当事者のニーズの聞き取りや支援は、ボランティアの支援団体が中心となり担っている。もっとも、各団体で当事者に関する情報を収集しているものの、それが関係団体や行政との間で十分に共有されていないのが現状だ。

行政も、当事者の困難を解消するために何かしたいという思いはある。しかし、調査対象の自治体では、当事者から災害時に関する相談を受けていないという回答があった。一方で、その地域の当事者支援団体には、災害時に関する相談が寄せられている。当事者は行政に相談することができずにいることがわかる。また、行政に当事者の声が伝わったとしても、解決のために取り組む資金や人員には限りがあるため、解決に至るまでかなり時間がかかるだろう。

講座を通して、2人は繰り返しこのように語った。
「LGBTQ+の方は、本質的に脆弱なわけではありません。社会的に排除されているせいで、社会的に脆弱にされています」

この現状を打破するため、2人は「研究者として」解決策を提示できるように研究を進めている。その一つがアセットマッピングだ。アセットマッピングとは、その地域にある資源・サービスの情報を地図に落とし込むことである。当事者が災害時に安心して利用できる避難所や相談サービス等の情報を地図にまとめることで、支援にアクセスしやすくする。
世界的には、LGBTQ+にフレンドリーなレストランやホテル等の情報を示すアセットマッピングは作成されているが、災害時に特化したものはないらしい。2人は今後も調査を進め、それをもとにアセットマッピングを実施する予定だ。

5.いま、私たちにできること

イベントを終えて、椎太さんはこう語った。
「研究者が、当事者や支援団体とは別の立場から、災害時のLGBTQ+当事者の現状を行政に伝え、解決策を提示することは、とても意義があることだと思います。GID Linkとしても、この研究調査へ協力し、当事者が差別や偏見なく暮らせるように活動を続けていきたいです」

今回のイベントに参加し、セクシャルマイノリティの方々が非常時の一般的な支援体制からどのように排除されているのかを知ることができた。
平常時も非常時も、ちょっとした工夫で、既存の支援体制に多くの人を包括できるようになる可能性があるはずだ。今回の気づきを私の今後の活動につなげるとともに、より多くの人に現状を知ってもらえることを願う。


[1] GID LinkのHPはこちら。https://gidlink.info/
また、公式LINEはこちら。https://line.me/R/ti/p/@201dmlxg
GID Linkに相談したい方は上記リンクからご連絡ください。

[2] 生まれたときの性別は女性で、自覚している性別は男性の人。

[3] トランスジェンダーの中には「形成外科手術までは望まない人」と「身体的性と性自認との間に著しい不合があり、ホルモン治療をはじめとし、外科的手術などの身体的治療を望むという性別不合の人」がいる。「トランスジェンダー=性別不合(性同一性障害)」ではない。

[4] レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)、クエスチョニングまたはクィア(Q)の頭文字を組み合わせた語。「+」は、これらの言葉で表現しつくせない多様な性のあり方を表すものであり、「LGBTQ+」でセクシャルマイノリティの総称として使われる。県民講座のレポート部分では、講師が使用したこの名称で記事をまとめている。

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