<取材・執筆>百瀬 真友美 <シンポジウム>公益財団法人日本国際交流センター 「より安全な国際移住のための仕組みとは―当事者の目線から創るつながりを目指して―

見知らぬ土地に希望を抱き、移り住む決心をしたら、まず必要になるのが「正しい情報」だろう。行く先が海外なら、なおさらだ。
外国人移住労働者にとってももちろん同じだが、日本で働きたいと考える外国人、働いている外国人の情報保障を正面から取り上げ考える機会は意外に少ないように思う。この課題に焦点を当てたシンポジウムが、2023年10月13日、公益財団法人日本国際交流センター(以下、JCIE)により開催された。

タイトルは「より安全な国際移住のための仕組みとは―当事者の目線から創るつながりを目指して―」。受け入れ側として日本と韓国、送り出し側としてネパール、ミャンマーの関係者が登壇した。
概要と当日の様子は、2023年12月現在、以下で公開されている。
https://www.jcie.or.jp/japan/report/activity-report-22434/
https://www.youtube.com/watch?v=1p52-vclW78&t=6s

韓国のEPS(雇用許可制)と日本の技能実習制度

まず、海外から日本、韓国に移動する人たちの概観と制度について、JCIEから解説があった。
日本も韓国も、総人口に占める外国人の割合はコロナ禍の時期を除き増加傾向にある。
新規入国者の在留資格は、日本は「技能実習」「留学」の二つで60~70%を占める。韓国は、韓国にルーツを持つ人とその家族の入国が多く、次いで「非専門就業」である。

受け入れの仕組みについてはどうか。
韓国の労働者受け入れの一般的なシステムは、EPS(雇用許可制:Employment Permit System)だ。
韓国で働きたい外国人は、まず韓国政府が設けた試験を受ける。合格すると、求職者リストに載る。そのあと韓国政府が韓国企業にあっせんして、就職先が決まる。

ただし、受け入れる労働者の職種、国、人数は、韓国政府があらかじめ決めているため、その上限のもとでのあっせんになる。したがって、韓国で働きたい外国人はまず、試験に高い点で合格して求職者リストの上位に載ることを目指す。

一方、日本の外国人技能実習制度は、韓国のような受け入れ人数の上限はない。就職のあっせんは、民間のエージェンシーが担う。
日本での就労を目指す外国人は、日本とのパイプが強いエージェンシーに登録して、そこにマッチングしてもらうことになる。エージェンシーの能力が決め手であり、選択のポイントになる。

2019年に始まった特定技能制度では、海外の労働者と使用者がエージェンシーを通さずに直接コンタクトできる。しかし、現実には当事者同士のみで出合うのは難しい。特定技能制度も、やはりエージェンシーが介在しているという。

*2023年11月に出された政府の有識者会議の最終報告書で、技能実習制度は廃止の方向にある。

移住準備段階の情報と、「いい話」にだまされる若者

続いて、二つのパネルディスカッションが行われた。
まず、ネパールとミャンマーからそれぞれ、日本語学校と韓国語学校関係者がオンラインで参加。日本や韓国に移住し就労する際に必要な情報が、どのように提供され、得られているかを語った。
次に、韓国のNGO、母国の出身者で構成される在韓及び在日エスニックコミュニティー、日本で外国人の就労を受け入れる事業者団体から、パネラーが登壇。移住労働者の「知る権利」を保障するため、受け入れ側がどんな役割を果たすべきかについて話し合われた。

ミャンマーからは、乱立する韓国語学校で「行ってから勉強すればいい」という先生や、韓国で暮らした経験が乏しい先生がいることが指摘された。また、渡韓を目指す若者の中には、語学力と文化の理解を軽視し、とにかく早く行こうとする人がいる。きちんと学んでいかないと安全で幸せな生活はできない、と懸念する声があった。
政府の情報以外では、ミャンマーはフェイスブックで情報を得る若者が多い。さらに多いのは、「身近な人」の情報だ。例えば、村に韓国に行った人がいれば、その人が通った学校を選ぶといったケースがある。

不幸にも詐欺被害に遭う例はあり、その場合も人の話を通じての被害が多いという。「人の話を簡単に信じてしまう」のだ。
日本の場合は、日本語を勉強し書類を整えて在留許可がおりるまで、1年から2年かかることもある。そこに「半年で行ける、給料が高くいい仕事がある」と言われて、だまされてしまうという。

日本に行った経験者は事実と異なる話はしないし、ミャンマーでは人材派遣のライセンスを持っている会社のリストが公開されている。情報を正しく得て選択すればだまされないのだが、それを知らない若者がだまされてしまう。若者には、「簡単に行けると思わず、きちんと勉強して、我慢して待つことを分かってほしい」そうだ。

ネパールのパネラーは、韓国は政府からEPSの情報が出されているので、詐欺被害に遭う人は少ないと説明。
ただし、韓国での就労で強いストレスを受けたり、何らかの問題が生じたりして、適応できない人もいるそうだ。日本に行った若者が、想像を超える長時間労働と職場環境の劣悪さに耐えられなかった話もある。自死に至ったケースもあるという。

制度変更を知らなかったばかりに、借金の山だけが残った

韓国への移住就労に絡む詐欺はEPSができて減ったが、農業で短期間しか就労できない別の制度である「季節移住労働者制」で悲惨な目に遭った人がいる。

ネパールの人が、韓国の季節移住労働者制で働くため、エージェンシーに1,200万ウォンを払って渡韓。季節労働者として1度に働ける最長期間である5カ月働き、稼いだのは950万ウォンだったが、エージェンシーから「季節労働者は5年間、何度も働きに行ける」と聞いていたので、十分プラスが出ると楽観していた。
しかし、韓国政府は2022年末から、高額の手数料とそれを背景とする「失踪」の問題でネパールの季節労働者受け入れを3年間禁止。そのネパール人には、300万ウォンほどの借金だけが残ってしまった。制度変更についての情報を知っていれば、そんなことにはならなかったはずだ。

「受け入れ側にも情報ギャップがある」という指摘もあった。
日本人パネラーによると、日本で外国人就労者を受け入れる多くの企業が、「人がいないから外国人でも仕方がない」という感覚だ。
イスラム教徒が豚肉を触れないことを知らず豚肉の調理を指示して、退職に追い込んでしまったこともあるという。働いてくれる外国人が、母国でどんな状況にあり、どんな気持ちで日本に来るのか、日本でどんな困難があるのか。そこまで考える企業は少なく、情報ギャップがあること自体を感じていない企業も多い。
「日本人も外国人もみんな一緒」ではないことを知り、情報ギャップを埋めることに政府も民間も取り組むべき、と訴えた。

外国人移住労働者の情報保障のためにするべきこと

パネラーからは、これからなされるべきことについて、以下のような意見が出された。

  • ミャンマーEPSセンター(韓国の雇用許可制運営機関が送り出し国に設置した窓口)のウェブサイトがない。フェイスブックページはあるが、試験日程を流す程度。移住労働者が韓国で暮らすために必要な情報がなく、皆あやふやな情報に頼っている。有用な情報を精査し提供してほしい。
  • 在韓ミャンマー人のエスニックコミュニティーには、自国で韓国を目指す人に正しい情報を早く出すという役割がある。EPSセンターは、その情報交流の促進も担うべきだ。
  • 受け入れ国の政府は、受け入れ制度、受け入れ社会の生活・就労にかかわる正確な情報を発信する媒体を設置し、対象者が簡単にアクセスできるようにするべきだ。移民・移住労働者に必要な情報は母国語で分かるように翻訳して、マンガやイラスト、映像の活用を。
  • 誤った情報が送り出し国で広がっていないか、受け入れ国政府はチェックしてほしい。受け入れ企業や機関は、現地パートナーである語学学校やエージェンシーのチェックを。
  • 送り出し国の語学学校やエージェンシーは、できるだけ現地の情報を持つスタッフを配置する。
  • 移住を希望する本人は、適切な情報を持つことで安全な移住と就労ができると理解し、必要な勉強をする。

政府、エスニックコミュニティー、市民社会の役割

二つのパネルディスカッションを通して登壇したアジア人権文化連帯共同代表のイ・ワン氏は、「必要な最新の情報を、無料で、ニーズどおりに、ニーズがあるときはいつでも、理解できる言語で、誰でもアクセス可能な方法で、信頼できる機関が提供することが必要」とまとめた。
そして、政府とエスニックコミュニティー、市民社会の役割について、「政府が信頼できる情報を出して、エスニックコミュニティーは必要な情報を自らのネットワークを活用して発信し、生活に役立てる。市民社会は、私的な領域から公的な領域まで、移民・移住労働者とつながり連携する。政府、コミュニティー、市民社会の役割を互いが理解し、強化し、移民・移住労働者を受け入れ、共に暮らすことで、希望が持てる移住につながる」と述べた。

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これまであまり聞くことがなかった「送り出し側の声」から、自国の若者や送り出し国に求めることが分かり、興味深かった。 外国人就労に関する制度の改善は絶対に必要だが、優れた制度があっても、知らされなければ役に立たない。また、間違った情報がもたらす不幸は計り知れない。移住外国人の就労における情報の重要さと、「知ること」の保障について、改めて考えることができた。

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