博愛資本主義の成果と批判
社会課題や環境問題の大規模で速やかな解決を目的にして、寄付者側が、資金とともに、営利企業のノウハウや手法を非営利セクターに提供し、時には寄付先をハンズオンで指導し、さらに成果について数値目標の進捗を詳細に寄付者に報告させ、管理する。博愛資本主義(philanthrocapitalism)とも呼ばれるこのような手法の導入が海外で始まったのは、かれこれ20年近く前であったかと思います。
全世界的に喫緊に解決すべき社会課題や環境問題が増加し深刻化していることはあまり議論の余地がないように見えます。しかし、財政的制約がある公的部門だけでは対応が困難である領域が増え、営利企業には株主利益の極大化への圧力が増しており、株主資本のコストに見合うリターンが期待できない分野については、営利企業による対応は困難であるケースが多いとも指摘されています。このような認識に基づいて、非営利セクターに、営利企業やその創業者が資金や知見を提供し、社会課題、環境問題の解決可能性を増大させるとのコンセプトは、支持を集めてきたと言って良いのではないかと思います。事実、このような考え方に基づいたプロジェクトが大きな成果を上げた例も存在します。
しかし、このような手法には、非営利セクターの視点からは、批判もあります。
○非営利団体の活動の多くが、社会課題や環境課題の解決に関し、必ずしも短期間に目に見える形で成果が上がる性質のものではない
○数値目標と進捗による管理が適切ではない活動分野がある
○このような手法を用いても解決できない課題や、取り残される人たちが見過ごされかねない
○目標数値の管理や、成果報告の手間がかかり、非営利団体の負担が過大になる
○プログラムオフィサーの経験や知見、あるいは手持ちのリソースが必ずしも十分ではなく、寄付先に対し適切な指導が行われないケースがある
○プロジェクトに直接関係するものに資金使途が限定されることが多く、寄付先団体がITや間接分野への投資や人材育成を行えず、団体の組織基盤がぜい弱なままになりがちである
○特に我が国の非営利セクターには、このような手法に基づくプログラムに参加するだけの知見や人的資源を持つ団体は少なく、対象となる団体が限られる
などです。加えて、非営利セクターに営利企業の考え方や手法を持ち込むこと自体への拒絶感も根強くあるようです。
現場の非営利団体への迅速で使途制限のない寄付
英国のエコノミスト誌※は最近寄付活動についての特集記事を掲載し、Amazon社の大株主の一人であるScott氏が取り組む、以下のような博愛資本主義的な手法とは異なる大規模な寄付活動を紹介しています。
○寄付対象へのデューディリジェンスは外部に委託し簡便に行う
○資金使途を限定せず、基盤強化への活用など、使い方は寄付先にまかせる
○年次の進捗報告等も簡単にする
現場で活動する団体を信頼し、すばやく資金を提供し、必要だと思うことに資金を自由に使ってもらい、報告準備等の無駄な事務作業を減らし、現場での活動をより活発にする、というのが趣旨であると思います。寄付先に成果を求め、ハンズオンで管理する手法へのアンチテーゼにも見えます。興味深いのは、米国のロックフェラー財団も、コロナ禍におけるワクチン接種の推進プロジェクトにおいて、それまでのハンズオンで寄付先を管理・指導する方針から、地域コミュニティから信頼される草の根の団体の自主性を重んじる方針に転換したことです。現場の非営利団体を信頼し、団体が適切だと思うことに資金を使うことが望ましい結果を生むという考え方では共通するものがあると思います。
※ “Special report Philanthropy”, The Economist January 13th 2024
日本の非営利セクターへの示唆
このような寄付の形が注目を浴びることで、我が国の非営利セクターの一部では、博愛資本主義的な手法に対し懐疑的な見方が増える可能性があるように思います。しかし、これまでの具体的成果を考えると、改善すべき点はあるにしろ、博愛資本主義的手法が、社会課題や環境問題の解決手法の一つとして極めて有効であるケースも引き続きあると考えます。限られた資金や人的リソースの活用を考えたときに、社会全体への効用の最大化のために、今後も活用されるべきでしょう。加えて、データの活用や業務の効率化といった点で、非営利セクターは、営利企業の知見を活かせる分野が存在するように思います。エコノミスト誌が紹介する新たな寄付手法への関心の高まりを見て、「それ見たことか」といった反応をすることは、あまり建設的ではないように思います。
一方、新たな課題解決手法が導入されても、支援から漏れた人々が存在し得ることに心を配り、共感を持ってこれらの人々に寄り添うことは、多くの草の根の非営利団体が得意とする分野です。このような存在であり続け、地域社会の信頼を得て活動することこそが草の根の団体のレゾンデートルであるとも言えます。コロナ禍において、ロックフェラー財団が草の根の団体の価値を認めたのは、まさにこの点であり、寄付者から今後より重要視されていく可能性もあると思います。
日本では、今般の能登半島地震のような大規模災害時に、中央共同募金会の「ボラサポ」プログラムは、支援活動に携わるボランティアやNPOを対象とし、迅速な資金提供を行っています。また、分野ごとのネットワークの中で、信頼関係に基づいた迅速な資金提供が行われている例もあるようです。さらに、一部の企業プログラムには、非営利団体の基盤強化を目的にしているものも存在します。今後、スピードを重視し、且つ資金使途を限定せずに非営利団体の基盤の強化にも使える資金提供、つまり、Scott氏が手掛けているような新たな寄付の形が日本でも広まれば、非営利セクターにとって、大きなチャンスになり得ます。
しかし、忘れてはならないのは、この手法の前提と目的です。前提は寄付者と寄付先間の信頼です。寄付先に対して信頼があるから、柔軟性のある使い方が認められる資金が迅速に提供され、求められる活動実績報告も簡便になっています。さらに、この手法の目的は、現場の団体に、寄付者への報告に手間暇をかける代わりに、その時間とエネルギーを使って活動を活発にしてほしいということです。つまり、地域社会に根付き、信頼され、営利企業の知見も取り入れつつ様々なステークホルダーの期待に応える活動を行い、その内容をタイムリーに、且つ正確に発信する。このような地道な取り組みが、非営利セクターにとって、ますます重要になっていくと思います。
最後に、能登半島地震は、筆舌には尽くしがたい甚大な被害を能登半島およびその周辺地域にもたらしました。復興支援は長期にわたり求められることが予想されます。被災された皆さんに寄り添いながら、復興期の生活再建やコミュニティ再建に携わる、草の根団体の支援が、組織基盤強化や人材育成も含めて、中長期的な観点から必要になると思います。我が国の非営利セクター全体による、知見や人的資源の提供等の支援に加えて、企業を含む寄付側の皆様においても、新たな寄付活動の潮流も参考に、現地の草の根団体の活動を支えるご支援を長期的スパンでご検討いただければと思います。
本寄稿文における意見は、筆者が所属する日本NPOセンターのものではなく、筆者の個人的な意見であることにご留意ください。また、本寄稿文で紹介したエコノミスト誌の特集記事、特にScott氏が手掛ける寄付活動の概要に関する記述や解釈は、同誌あるいは同氏にコンタクトすることなく、筆者が独自に行ったものです。さらに、同特集記事の内容を正確に理解するためには全体を読むべきであることにもご留意ください。