<取材・執筆>新谷 純  <取材先>社会福祉法人さぽうと21 学習支援室コーディネーター 矢崎 理恵さん

年末を目前に控えた12月のある土曜日、東京・目黒にある難民支援を行う「さぽうと21」の事務所の扉を開くと、テーブルにはミャンマーやベトナムなど世界各国の料理が並び、 肌の色や年齢も様々な人たち100人ほどが、食事やおしゃべりを楽しんでいた。1992年に設立されたさぽうと21は 、日本で暮らす難民の人たちへ学習支援や生活支援を行う団体だ。

「今の社会は外国人を日本人側に近づけるような方向だけど、私たち日本人側から歩み寄ってもいいのではないか」と話すのは、さぽうと21で学習支援室コーディネーターを務める矢崎理恵さん。長年、日本語教育と生活支援に携わってきた矢崎さんに外国人と日本人が共に生きる上で、より必要になってくることをお聞きした。

教科書通りじゃない授業

── 今日は何かのイベントだったんですか。たくさんの方がいてびっくりしました。

今日は一年の年忘れパーティーの日だったので、さぽうと21に関わってくださっている方が大勢いらっしゃっています。

普段は、目黒では毎週土曜日の10時~18時、目黒とは別に錦糸町にも学習支援室があり、そちらでは毎週日曜日の13時~17時に難民の学習者の方と日本人のボランティア講師の方がマンツーマンで学習に取り組める場を提供しています。

──どのような学習支援をされているのですか。

学習者の方は小学生のお子さんや、成人されている方もいらっしゃるので、その人その人に合わせたオーダーメイドのような学習支援を行っています。日本語教室の授業というと教科書を開いて「これは本です」といったような決まった例文を読んでいくようなイメージがあるじゃないですか。

それも大事なんですけれど、学習者の方の中にはそもそも文法がなにかも分からない方もいらっしゃって。 そんな方に無理やり教科書通り「これは本です」って言ってもあまり意味がないというか、いまひとつその人が本当に求めているものか分からないまま、自分の日本語の勉強に付き合わせてしまっている感じがありました。

一緒にスーパーに行ってみる

──学生時代の英語の授業を思い出しました。

どうしようかってときに思い切って教室を飛び出して、一緒にスーパーに行ってみたんですね。そうしたら、学習者の方が自ら売り場に行って「これは何ですか」って日本語で聞いてこられたのです。イスラムの方だったらどれが食べていいものかどうか聞きたいし、この商品はどれぐらいの値段が妥当な金額なのかも教えてほしい。本当に知りたいと思ったときに初めて、必要な日本語が見えてくるんだなっていうのが分かりました。

もちろん「文法が分からないから教えてほしい」っていう方もいらっしゃいますけど、言葉って人とやり取りができてナンボですよね。

教科書通りの授業よりも、話したい相手がいる、話せる環境がある、話したいネタがある。そういう場づくりの方が大事かなって思っています。そうすることで「これは本です」よりもよっぽど自分に必要な日本語が身につくのです。

──たしかに教室で本を開いているだけでは、自分が伝えたい言葉はなかなか出てこないですね。

そうなんです。

日本語教師からコーディネーターへ

──矢崎さんは現在コーディネーターという役職ですが、以前は日本語教師をされていたと伺いました。

はい。大学で日本語教育を学んで、その後20年以上、教壇で主に留学生に日本語を教えてきました。

──どのような経緯でさぽうと21に携わるようになったのでしょうか。

日本語教師の仕事はものすごく一生懸命やりました。20年以上教えてきた後、教壇じゃない日本語教育っていうのもありかなと考えるようになりました。学生のときから自分の中では開発途上国みたいなところで、お困りの人がいるのであれば何かしたいと思っていました。日本語教師として青年海外協力隊に参加したこともあります。

私が教えている留学生たちも困ってはいます。けれど、実は私たちの隣で生活に困っている人のために、日本語教育やそれまでに学んできたことを全部活かしてできることはないかなと思って。

──そんな時にさぽうと21の求人を見つけた。

そうなんです。コーディネーターを募集するっていう求人を見つけたときに「あ、これじゃないか」と思いました。若かりし頃は海外に行かないと国際協力はできないと思い、海外に行っていた。でも日本国内でも十分、自分の国際協力的な気持ちを活かしてやっていけるんじゃないかと。もう一つは募集がコーディネーターという職種だったことも大きかったです。

──教師ではなく、コーディネーターの募集だったんですね。

はい。教師のときも教壇に立つ仕事より、学校を良くするためにどうやっていこうっていう全体の仕掛けを作るのが好きでした。困っている人の相談に乗ったり情報を集めたり、リソースを使って導くみたいな仕事をやれることです。「ここに道が見えた」と思って応募しました。

みんなが本領を発揮できる場所に

──矢崎さんにとってコーディネーターとはどのような存在ですか。

例えば、学習者の方とボランティアの方のペアを考えるときがあります。日頃の大したことのないやり取りを通じて、ボランティアの方が持っていそうなものをなんとなく探ったりして、 どの組み合わせだとうまくいくかを見つけていきます。みなさんが輝けそうな場を見つけてつなげるのが私の仕事なんじゃないかなって思っています。

──学習者の方だけでなく、ボランティアの方もきちんと見てフォローしているということですね。

はい。十分にできているとは言えませんが、きちんと見て、困っていることがないか声をかけます。参加する人みんなが「本領を発揮できる場所」になればいいなと思っています。

──ボランティアにはどのような方がいらっしゃるか教えてください。

もともと難民支援のことに特に興味があったわけではなく「何かボランティアをしたい」っていう理由だけで入って来られた方もいれば、日本語教育を専門にしている方もボランティアとして携わってくれています。

──そんなみなさんが「本領を発揮できる」ようにどのようなことをされているのですか。

栄養士の資格をお持ちの方とかの発案で、月1回のカフェが開催されるようになりました。今日の年忘れイベントも、その方々が中心になり運営してくれています。大学生で長く携わってもらうのが難しい場合には、子どもたちと博物館にいく遠足の引率を頼んだり。理学療法士の方が「何かやりたい」って言ってくださったときには、簡単にできる健康体操や正しい健康的なウォーキング教室を開きました。そういう風に、その人は何が一番よくできて、何が学習者の方に必要かということを考えながら、ワークショップなどの企画をしています。

──特に人気のワークショップはありましたか。

一番は美容ですね。スキンケアの専門家が来たときには、みんなでつけて試してみて、どんどんコミュニケーションをとっていました。欠席しちゃった人にも、すごい情報共有したりして。

それには気付かされた面もありました。私たちはついつい難民の方が困らないように「もっと生活に根付いたことを」みたいに考えてしまいがちです。でも、生きていく上で、「きれいでありたい」という気持ちもあるじゃないですか。楽しんで参加していただけるモチベーションを発見するのかが大事なのかなって思いました。

相手に伝わる簡単な日本語を選んで話す

──ますます日本で働く外国人の方が増えている昨今ですが、 外国人と日本人が共に生きる上で、より必要になってくることはなんでしょうか。
(出入国在留管理庁によると2019年6月末時点の在留外国人数は282万9416人。日本の総人口の2.24%を占める人数)

一つは、専門を持っている方がちゃんと外国の方のことも考えられるようになることですね。

例えば、日本語が話せる学習者の方と病院へ付き添いでいくこともあります。するとお医者さんは患者である学習者さんと直接話さずに、日本人である私たちとだけ話してしまう。それを「日本語で」私たちが学習者に伝える。そんなことをしなくても、お医者さんが外国の人のことも考えて、少しやさしい日本語で病気のことを話すようになってくれれば、一番効率よく、一番必要な人に直接情報が届くと思うんです。

──なるほど。日本語を話す側がきちんと相手に伝わる簡単な日本語を選んで話してあげるということですね。

世の中が働く外国人を受け入れようっていう流れになっている中で、今は外国人を日本人側に近づけるような方向だけど、日本人側が歩み寄ってもいいんじゃないか、相手に届く言語で、話していくっていうことがどの分野でも必要なんじゃないかなって思いますね。

──ありがとうございました。

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