<取材・執筆>やまべ なつえ  <取材先>特定非営利活動法人Collable 代表理事 山田 小百合さん

「インクルーシブデザイン」という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?
今でこそインクルーシブという言葉は広く使われるようになりましたが、具体的にイメージできる人は少ないのではないでしょうか。
インクルーシブの語源は、「除外(Exclude)」の対義語である「Include(含める)」です。そこからインクルーシブデザインとは、これまで製品やサービスのユーザーとして排除されてきた人々を、企画・開発の初期段階から巻き込んで(Includeして)、一緒に考えていくデザインの方法を指しています。

全盲の視覚障害者でもある筆者が、はじめてインクルーシブデザインに触れたのは昨年末、Collable主催のワークショップでのこと。今まで、すでに完成した施設や商品についての聞き取り調査に立ち会ったことはありますが、最初から一緒にデザインを考える場に混ぜてもらった経験はありません。ワークショップでは視覚障害者である筆者が、健常者と共に考えるパートナーとして迎え入れられました。そこに生まれたのは、健常者と障害者が支援する人-される人という関係ではなく、一緒に協力し合うパートナーであるという関係性です。

Collable代表理事の山田小百合さん

このインクルーシブデザインの考え方をベースに、2013年からさまざまな取り組みを続けているのがCollableです。「聞きなじみのない言葉に対し、耳を傾けてもらうことすら難しかった」と、活動を始めた10年前のことを山田さんはふりかえります。
そんな下積み時代を乗り越え、今年設立10周年を迎える特定非営利活動法人Collable代表理事の山田小百合さんに、インクルーシブデザインの魅力について語っていただきました。

インクルーシブデザインとは

Q:インクルーシブという単語は、最近になってよく使われるようになりましたが、インクルーシブデザインとなると、まだほとんど知られていないと感じています。
まず、インクルーシブデザインとは何なのか。すでによく知られているユニバーサルデザインとの違いを教えてください。

山田:まず大事なことは、どちらも目指していることは同じであるということです。より多くの人が使えるデザイン、より多くの人にやさしいデザインを目指しているという点では共通しています。
明らかな違いとして、ユニバーサルデザインは7つのデザイン原則(*)に沿っていることに対し、インクルーシブデザインにはデザインそのものへの原則や基準がありません。
たとえばシャンプー容器のギザギザは、もっとも有名なユニバーサルデザインの一つです。このギザギザについてはJIS規格になっていることも重要で、そのため多くのメーカーが採用するデザインになっています。
一方、インクルーシブデザインでデザインされるものには基準やルールはありません。いろいろな属性の人たちがあつまって工夫を重ね、より多くの人に使いやすいデザインを考えていくと、基準とは異なる創造的なアイディアが生まれる場合があります。
シャンプー容器でいうと、ギザギザが入っているだけでなく、さらに形状や素材を工夫することにより、誰にでも使いやすいデザインに仕上げていくことができるかもしれません。そもそもシャンプーの形状そのものが今までにないようなものになるかもしれない。それを多様なメンバーとともに探っていく過程を生み出す点が、インクルーシブデザインの特徴です。

Q:ユニバーサルデザインには基準があるのに対し、インクルーシブデザインはデザインの手法、つまりプロセスのことなのですね。
では、インクルーシブデザインという考え方をベースにしたワークショップの特長について教えてください。

山田:Collableのワークショップは、基本的に依頼を受けて実施するクライアントワークです。
まず、目的に合わせてテーマを設定し、ワークショップを設計します。そして、インクルーシブデザインを進めるための要素となる“リードユーザー”を決めていきます。このリードユーザーというのは、そのテーマからは最もかけ離れた人たちのことをいい、障害のある人などに入ってもらうことが多いです。テーマによってリードユーザーを誰にするのかが重要なポイントになります。
たとえば先日あるIT企業で実施したワークショップでは、今若者に人気の動画共有アプリを使って、より多くの人たちがコンテンツを楽しむためのアイディアを創出しました。その際にリードユーザーとして招いたのが、視覚に障害のある人たちでした。
視覚情報が多い動画共有アプリというのは、目が見えない、見えにくい人たちからはかけ離れた存在と考えられやすいですよね。つまり、そういうものを使いたくても使えない人、使えるけどまったく使わない人、使おうとすら思わないような人たちを、デザインの初期の段階から、あえて一緒に考えてもらうパートナーとして迎え入れる。そして、そこで生まれた気づきから新しい視座を得て、アイディアを形にしていくのがインクルーシブデザインです。

リードユーザーとは

Q:このワークショップで、私もリードユーザーを体験させていただきました。そのリードユーザーの役割について教えてください。

山田:インクルーシブデザインにおいて、気づきをリードしてくれる存在を、リードユーザーと呼んでいます。
最近かかわった子ども科学館の案件では、さまざまな障害を持つ子どもたちと保護者のみなさんにリードユーザーとして参加してもらいました。子どもたちや保護者のみなさんには、科学館のスタッフや設計を担当する会社のみなさんと一緒に科学館内を巡ってもらいます。リードユーザーを含めて参加者全員には、その中で感じたことを言葉にしたり、あるいは絵に描いたり、それ以外にもあらゆる方法で表現することをお願いしました。リードユーザーが気づいて言葉にできることもあれば、リードユーザーの行動を見ている科学館のスタッフや企業の方が観察の中で気づいて、表出してくれる場合もあります。リードユーザーを起点に、それぞれの立場で気づきを表現することは、インクルーシブデザインにおける発見のフェーズ(段階)において、とても大きな役割を担っているといえます。

Q:なるほど。リードユーザーなしでインクルーシブデザインは成り立たないということですね。実際にワークショップを体験した方々の感想はどうなんでしょう。

山田:ワークショップに参加して「障害のことがよくわかった」という感想は、実はあまりありません。そんなはずはないのだけど、それ以上に「今まで気づくことがなかった新たな視点を得ることができた」という声のほうが圧倒的に多いんです。ここで得た気づきというのは、そのデザインで感じる不自由さとか違和感というのが、実は「障害特有のものではないんだ」という新たな視点です。また、リードユーザーから発見した気づきやデザインにおける課題は、他の人にも当てはまる可能性があるということに気づく人も多くいます。デザインの対象が広がる瞬間ですよね。人からああだこうだと言われて知るのではなく、自ら気づくことで納得できる。これが、体験して感じることができるインクルーシブデザインのおもしろさだと思います。

誰もが共に共創できる社会を目指して

Q:インクルーシブデザインは、障害のあるなしにかかわらず、互いに心地よい関係が生み出される環境をつくる手段の一つとしても、とても有効なのだと思いました。
最後に、山田さんが抱くCollableへの想いと、今後の活動について教えてください。

山田:ダイバーシティ社会への転換が求められるようになってずいぶん経ちますが、一方で遅々として進まないのが、“違い”への想像力や理解です。
こういう障害の人たちにはどういうことが難しいから、だからこんなことをしてあげましょう、といった道徳的、かつ啓発的な方法も、もちろん必要ではあるのだけど、それだけではなかなか真の理解にはつながっていかないというのも事実ではないでしょうか。子どものころのように、自然なかたちで互いのことがわかって、友達になれたらすてきですよね。
Collableではインクルーシブデザインのほかに、障害学生へのキャリア支援もおこなっていますが、障害などの個々の違いをいかした環境づくりを行うという点では、実際にやっていることは同じです。
これからも相互理解を深め、誰もが主役になれる社会の実現を目指し、インクルーシブデザインをベースに活動を進めていきます。
最後に、Collableでは活動をサポートしてくださる仲間も募集しております。さまざまなイベントを開催しておりますので、まずはご参加ください。

インクルーシブデザインが社会に広がることを願って

「ソニーが、障害者・高齢者配慮を商品開発時のルールにする」という画期的なニュースが飛び込んできたのは、この原稿をまとめている最中のことでした。全盲の視覚障害者でもある筆者にとっては、とてもうれしくてたまらないニュースです。
インクルーシブデザインが、日本の会社のルールになったのです!
少しずつではあるけれど、確実に社会は変化しているのです。これを機に、障害者が活躍できる場が広がることを願わずにはいられません。
山田さん、これからもインクルーシブデザインの魅力を多くの人たちに届けてくださいね。私もリードユーザーの一人として頑張ります。

*ユニバーサルデザイン7原則:①誰でも同じように利用できる「公平性」 ②使い方を選べる「自由度」 ③簡単に使える「単純性」 ④欲しい情報がすぐに分かる「明確さ」 ⑤ミスや危険につながらない「安全性」 ⑥無理なく使える「体への負担の少なさ」 ⑦使いやすい広さや大きさ「空間性」
(必ずしもすべてを満たさなくてもよい)

1件のコメント

  1.  面白いと思いました。デザインから社会を変えれたらすごいですね!
    僕は今「共生」に興味を持っております、「片害共生」「相利共生」とか色々な形態がありますこれは、植物の世界や動物の世界など環境によって呼び方が違います。
    自然界の中の共生はダーウィンの「進化論」が有名で、弱肉強食のイメージが強いのですが本当は自然界は共生だらけです、それを障害の世界で見つめてみたいと考えております。着生共生はお互いに邪魔をせず共存する形です、今までの欧米の障害に対する考えは優性思想からの脱却が中心だったと思うのですが、それとは別の「fukushi」という考えを証明したいと思います。
    優性思想に対抗しても何も生まれません、日本には平安時代から「琵琶法師」がいたり視覚障碍者演劇集団もいました。それらの人々が築いた日本的な共生を知りたいと考えております。
    長々と自分の意見を述べさせていただきました。
    興味があればご連絡ください。
    嵯峨野 新次です。

     

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