<取材・執筆>時盛 郁子 <取材先>社会福祉法人正仁会 あいあいねっと 代表 原田 佳子さん

24時間営業のコンビニ、陳列棚が空になることがないスーパーマーケット、たくさんのメニューの中から好きなものを選べる飲食店……。街をぐるりと見渡すと、「食べること」の選択肢の多さに気づく。生きていくうえで必要な「食」が充実していることは、日々の生活を豊かにする。しかし、その豊かさの影には捨てられてしまうたくさんの食べ物がある。

「フードバンクを運営していると、特に企業さんからはすごくたくさんの食べ物が届くんですね。それも、たまたま余ったという量ではない。良いものをより安く、という私たちの社会は、多くの食品ロスを生んでいるんです」と話すのは、社会福祉法人 正仁会 あいあいねっと代表の原田佳子さん。広島市安佐北区可部で、2008年からフードバンク活動を行っている。

あいあいねっと代表の原田さん
あいあいねっとの事務所。食品の持ち込み、受け取りもここで行われる

地域のニーズにこたえるフードバンクを

あいあいねっとを設立する前、原田さんは可部の病院で管理栄養士として働いていた。安佐北区は広島市で最も高齢化率が高い地域。栄養指導を行う中で、経済的な問題のために適切な食事をとることができない高齢者にたびたび出会うことがあった。

「ある高齢の患者さんに、配食サービスをすすめたことがありました。市の支援もあるので、本人の負担は一食400円くらい。それでもその患者さんは、高いですのお、と。その次に、それだけの金を払う価値がわしの命にありますか、と言われたんです。栄養の知識は、経済的な問題の前ではちっとも役に立たない。無力感もいいところでした」

経済格差は健康状態に結びつく。もしもこのままこの地域に、「安心して食べることができない」高齢者があふれたとしたら……

そこで原田さんは、フードバンク活動に目を付けた。食品関連企業で余ったり、販売できなかったりした食品を受け取り、中身を点検、整理して、生活困窮者に支援物資として提供するのだ。アメリカで生まれたこのシステムはホームレスなどの支援を目的にするケースが多い。まだSDGsの言葉もなく、国内では東京都と兵庫県で各1団体が活動しているだけだったが、高齢者の支援を目的にすれば、きっとこの地域にもなじむはずだと考えた。

2023年11月現在、あいあいねっとでは福祉関係の77団体へ食品を送っている。食品の仕分けなどは30人以上のボランティアが担う(写真提供:あいあいねっと)
新型コロナウイルスの流行以降は個人向けの支援も開始。食品を細かくジャンル分けし、ニーズに応じて分配する

あいあいねっとは活動の軸に、フードバンク活動だけではなく、地域での健康づくり活動やまちづくり活動を据えている。「減塩教室」などイベントの開催や地域のカフェでの講座。近所の集まりのような小さな場所にも、積極的に顔を出す。「大きい規模ではなくて、小さい規模でいっぱいやるのが大事だと思っています。いくら一生懸命やっても、地域の人に認めてもらうには長い時間がかかる。おかげさまで最近は地域の方から声をかけてもらうことも増えてきました」と原田さんは喜ぶ。「フードバンクを通して、安心して“食べること”にありつける地域社会を作りたい」。原田さんの思いは、地域に着実に広がっている。

イベントでフードバンクのPRなども行う(写真提供:あいあいねっと)

食べ物を捨てることは「命」を捨てること

あいあいねっとが活動の軸にしていることのもう一つに、食品ロスの削減活動がある。食品ロスとは、まだ食べられるのに捨てられてしまう食べ物のこと。農林水産省が発表した2021年度の食品ロスは523万トン。原田さんは「国民1人当たり、毎日卵2個分の食品を捨てている計算」と話す。

公民館で食品ロス削減をテーマにした人形劇を上演(写真提供:あいあいねっと)

「つくづく思うのは、食べ物を捨てることは資源の無駄遣いであり、作り手の思いも無駄にしてしまうということです。この活動をやっていると、食品を提供してくださる生産者さんは作ったものを本当に愛されていることが分かります。食べ物を捨てることは、“命”を捨てること。ここにも我々はしっかり目を向けなければいけないと思います」

また、食品ロスは気候変動にも大きな影響を与えていると言われている。「世界で排出されている温室効果ガスのうち、約8%を食品ロスが占めています。自動車の約10%とほぼ肩を並べるくらいですね」。交通手段は選べても、食べるのをやめることは誰にもできない。これまでに賞味期限を切らしてしまったお菓子や冷蔵庫の中で腐らせてしまった野菜や果物を思い出し、筆者自身も資源を無駄にしていることをじわじわと実感した。

新鮮な季節の野菜が寄付されることも(写真提供:あいあいねっと)

まずは「興味を持つ」。食品ロスを減らすために

冷蔵庫の中身を確認して買い物に行く、店では手前の商品から買う「手前取り」をする、食べられる量だけ注文して余ったら持ち帰る。食品ロスを減らす方法はたくさんあるが、原田さんはまず「自分が食べるものに興味を持つこと」が大切だと話す。

目の前にある食べ物はどうやって作られているのか。どこから来ているのか。余らせた料理をアレンジして、再び食卓に並べることはできないか。興味を持てば疑問が湧き、情報に手を伸ばすようになる。知識があれば「食」を適切に選んだり、有効活用したりできる。

「食べ物を山ほど捨てている一方で、食べることに困っている人もいる。良いものをより安くたくさん売って競争をすることで社会は豊かになっていったけれど、失ってきたものも同じようにあったはずです。食品ロスも貧困も、さかのぼれば原因は同じ社会の枠組みの中にある。世の中の流れをしっかり理解して、私たちは賢い消費者にならないといけないですよね」

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